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9月16日に結成25周年を迎えたthe pillowsが10月22日、19作目となるアルバム『ムーンダスト』をリリースする。多くのバンドからリスペクトされながらも"誰もが知るヒット曲があるわけではない"ロック・バンドが、なぜ25年も活動を続けてこられたのか?

バンドを代表して、作詞・作曲を手がけるフロントマン、山中さわお(Vo, G)にインタビュー。"音楽以外、選択肢はなかった"という彼がバンドの過去、現在、未来、そしてロックンロールへの思いを語る。

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――資料にもあるように"誰もが知るヒット曲があるわけでもない"バンドがなぜ25年間、ほぼノンストップで活動してこられたんだと思いますか?

ロック・バンドなんてそんなものですよ。本来、ロック・バンドにはヒット曲なんていらない。極々たまにヒット曲を出すロック・バンドが1000組中1組ぐらいいるけど、あのルースターズだってヒット曲はない。それにヒット曲がなくてもライヴに1000人も人が集まったらこっちはもう、それだけでウキウキしますからね。正直、300人ぐらいでもウキウキする。いや、100人ぐらいでもウキウキするかな(笑)。そもそも他の生き方がないんです、僕らには。選択肢がない(笑)。だから、やめようなんて思わないですよ。やめる理由がない。

――でも、音楽しかないと思いながら、いろいろな理由で続けられない人たちもいるわけじゃないですか?

才能がない人は続かないですよね。毎年、いいアルバムを作れない人は難しいんじゃないですか。若い時だけ才能があって、名盤2枚作って、その後、曲を書けない人と僕を比べられても困る。僕はいい曲を作りつづけられるから、単純に周りの人たちも"来年もやろうよ"って言ってくれるし、ライヴにもお客さんが来てくれる。当然、音楽をやめたら社会的に底辺にいるしかない人間だしね(笑)。

――才能があるにもかかわらず、メンバーの人間関係がうまく行かずに解散してしまったバンドもいると思うんですけど。

ああ。僕らは最初から仲良くないんですよ(笑)。もともと、友達じゃなかった。ビジネスライクと言うか、職場の同僚みたいな関係でスタートしたので、最初は仲良くしようとしましたけど、無理だって気づいてからはドライな関係を続けてきました。the pillowsに関しては、それがよかったんだと思います。プライベートで飲みにいきたいと思わないから(笑)。それはお互いにね。いいギターとドラムを演ってもらえれば、それでいい。それがちょっとぐらついた時に、少しだけ活動休止しました。

――じゃあ、メンバーは他の人でもよかった?

いや、同じギター、ドラムをプレイする人は他にはいないので。あ、The Birthdayのキュウちゃん(クハラカズユキ)だったらチェンジしたい(笑)。もらえるなら、ぜひ(笑)。それは冗談として、自分が思い描いていたものとは何かしら違うアイディアが出てくるのがバンドのおもしろさ。他人と仕事する時は、80点を100点と思わないとダメだって僕は思ってるんですけど、自分では80点と思っていたものが結果、120点になったという経験がいっぱいあるんです。それはやっぱりずっと一緒にやってきた2人のおかげだと思います。

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――25年の間に変化したことはありますか?

ほとんどのことが変化したと思います。人間性も見た目も(笑)、音楽的な能力も。変化してないのは、音楽が好きってこととバンドが好きってことぐらいかな。もちろん周りも変わりました。みんな、the pillowsに対してやさしくなりましたね。前は、どこに行っても全然、相手にされてなかったのに(笑)。

――ロック・バンドにとって活動しやすい世の中になってきたと思いますか?

思います。それはやっぱりいろいろな人たちが世の中を変えたからじゃないかな。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTとかHi-STANDARDとかが芸能界的な力を使わずに大ヒットを出したことは、僕も含め、いろいろな人にとって勇気になったと思います。"これが売れるんだ"っていう大人の言うことを信じる必要はないって、ミッシェルやハイスタがやってきたことを見ながらみんな感じたんじゃないかな。ハイスタなんて売れるわけないと思いましたからね(笑)。かっこいいけど、売れるわけないって思っていたからびっくりだった。the pillowsは売れ線をやっていたにもかかわらず、まったく売れなかった。売れ線が売れるなら誰でも売れてるよっていうね(笑)。何かを突き破るってことは、そんな単純なものじゃない。
 
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――前作から2年9カ月ぶりにリリースする19作目のアルバム『ムーンダスト』を作るにあたっては、どんな気持ちで制作に臨んだんでしょうか?

2人に対して、以前のような情熱を持ってやってくれよって宿題を出して、活動休止したので、僕はまず、いい曲を書かなきゃダメだと思いました。前作の『トライアル』までの6、7年は"the pillowsってこうなりたいんだ"っていうものが具体的に自分の脳みそにあって、それ以外は受け付けないっていうどちらかと言うとソロみたいなところがあって、2人のアイディアをあまり受け入れてなかったんです。だから、僕は僕でいい曲を書いたうえで、自分が思い描いていたものと違っても、それが80点に達していたら受け入れようと意識しました。活動休止した時にはすでに「ハッピー・バースデー」と「プレイリー・ライダー」と「ムーンダスト」があったんです。活動再開したらthe pillowsでやろうと思って作ったんですよ。活動休止の情報が流れて、ファンが不安になっているさなか、僕は新曲のデモテープを一人で作っていた。にもかかわらず、活動休止している間にソロアルバムを出したもんだから、"あいつソロになる気だ"みたいに思われて非常にイメージが悪かった。その時は、the pillowsのことを良くしようと思ってるのに、つらいなぁって思いました(笑)。この6~7年、僕が思い描いてたものってジャンルで言うと、オルタナティヴなものを望んでいたんです。それを2人に強要していた。もちろん、オルタナ・ロックは時代も国境も越えるもので、the pillowsがやるには絶対にいい。向いていると思ってやってきたんですけど、メンバーを尊重していなかったってところは反省点としてあると思います。だから、オルタナをやってきたおかげで成功できたところもあるとは思うんですけど、今回はオルタナを忘れて、the pillowsの中のロックンロールで行ったほうがいいと考えました。

――シングルとしてリリースした「About A Rock'n' Roll Band」はロックンロールとの出会いと、その魅力について改めて歌ったような曲ですね?

ロックと出会った時の衝撃は僕の中ではずっと歌ってきたものなんです。ここまでわかりやすくなかっただけで、"音楽と私"という作文はずっと書いてきた。今回、たまたまそれが一番わかりやすいものになっただけですね。本当は「ムーンダスト」をシングルにするつもりだったんです。結成25周年をめちゃめちゃ意識したんですけど、壮大なロック・バラードで、みんなと気持ちを一つにして感動できるものにしたいと思いました。最初は、それをシングルにして、アルバム・タイトルを『About A Rock'n' Roll Band』にするつもりだったんですけど、途中で気が変わって、名曲をシングルにするなんてダサい。もっと軽やかに、結成25周年のアニバーサリーが終わっても、夏フェスの40分のセットに入れられるような楽しい曲にしたいと思って逆にしたんです。

――山中さんにとって、「About A Rock'n' Roll Band」で歌っている"ロックンロールの引力"を感じた曲と言うと?

曲と言うか、RCサクセションとシーナ&ザ・ロケッツですね。中学の時、ずっとラジオを聴いていたんですけど、初めはギタリストに憧れてたのでハード・ロックばかり聴いてたんです。マイケル・シェンカー・グループとかレインボーとか。それがある日、RCとシナロケが流れてきたらもう、何て言うか、ロックって音じゃないんだ、人間なんだって。ハード・ロックはギターとかアンプとかエフェクターとかがロックの音を鳴らしてるんですよ。でも、(RCサクセションの忌野)清志郎さんは人間そのものがロックだった。その時、「スローバラード」もやったんですけど、バラードなのに、これは絶対ロックだと思いました。ギターも全然歪(ひず)んでないし、アルペジオを弾いてるのに、フォークでもポップスでも歌謡曲でもない。これはロックだって。ロックンロールは人間が鳴らすものだって無意識のうちに気づいたのはその時だと思うんですよ。僕を作ったのはコレクターズ、Theピーズ、佐野元春さん、洋楽だったらポール・ウェラーだから、影響を受けたミュージシャンとして名前を言ったことはほとんどないし、その後の僕の音楽にはほとんど結びついてないけど、でも、本当に衝撃を受けたのは清志郎さんとシナロケ。RCとシナロケを聴いて、ハード・ロックなんてダサいと思いました。ギターが歪(ひず)んでるとか速いとか、もうどうでもよかった。人間がどういうふうに生きて、どういう発言をして、どういうふうに歌うか。それがロックンロールだと思いました。

――『ムーンダスト』では前に進むことと、恋愛対象でもありメンバーでもありファンでもある"君"に対する思いを歌った曲が多い反面、所々に不穏な空気が感じられるところが興味深いですね?

復活前に作ってたんだから、そりゃ不穏な言葉も出ますよ。the pillowsどうなるんだろう?! って1割の不安もあったし、嫌みを言いたい気持ちもあったし、それはしかたない(笑)。僕の歌にはいつも"君"は登場するから、"君"に対する思いを今回、特に歌ったってことはないんだけど、活動休止を経て、また何とかやっていこうよって気持ちは、確かに何曲かに表れてますね。でも、全然、表れてない曲もありますが。

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――アルバム・リリース後はアルバムをひっさげてのツアーが来年まで決まっていますが、今後はどんなふうに活動していきたいと考えていますか?

初めて思ったんですけど、ちょっとペースを落としたいと思ってます。ここ最近、ワンマンじゃない時のライヴではセットリストを定番化して、みんなが聴きたいと思った曲をやってきたんです。ヒット曲がないとは言え、代表曲はあるから、それをやろうってずっとやってきたんですけど、あまりにもやりすぎた。それでこの間、意外な曲を2、3曲混ぜてみたんですね。それが自分にはとても心地良かった。25年間、ほぼ1、2年おきにアルバムをリリースしてきたバンドなので、ライヴでほとんどやってない膨大な数の曲があるんですよ。そういう曲をライヴでやってみたいという気持ちが今、芽生えてきてて。みんなが忘れている名曲をもう一回、思い出してほしいんですよ。

――ペースを落とすというのはリリースのペースを落とすということですね?

エイベックスには言いづらいですけどね(笑)。新曲を書きたくないわけじゃなくて、新曲じゃないセットでツアーをやりたいという気持ちがそれを上回ってるということです。たぶんリリースに関係なく、曲は書いちゃうと思う。それは趣味だし、楽しいから(笑)。実際、今も書いてるんですけど、リリース・ツアーじゃないツアーをやりたいんです。ファンも喜んでくれるんじゃないかな。曲が書けなくなって、昔の曲をやるのはつらいと思うけど、すでに新曲は書きはじめてるから、つらくないと言うか、後ろめたくないと言うか、みんなも望んでるんでしょって(笑)。でも、曲が書けなくなったって思われるのは悔しいから、毎回、1曲、ライヴで発表するとかね。新曲をやる僕と過去の曲をやる僕の2人いればいいのに。ホント、体が2つ欲しい。そういう手術があるなら受けたい。脳みそ半分でもイケるんじゃないかな(笑)。


the pillows......メンバーは山中さわお(Vo, G)、真鍋吉明(G)、佐藤シンイチロウ(Dr)。1989年9月16日結成。91年、シングル「雨に唄えば」でデビュー。結成20周年を迎えた09年9月16日、初の日本武道館公演を成功させる。00年代以降は国内のみならず、海外でもライヴを行っている。12年7月~13年6月の1年間、活動を休止。復活後は気持ちも新たに、さらに精力的に活動を行っている。

the pillows 「About A Rock'n'Roll Band」>>



the pillows 「About A Rock'n'Roll Band」>>

25周年記念『REVIVAL OF MOTION PICTURES』収録のミュージックビデオを一斉配信!>>
the pillows(1994年~2006年)>>
the pillows(1991年~1993年)>>

(取材・文/山口智男@HEW、撮影/雨宮透貴)
写真:トレンドニュース


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