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お笑い芸人のエスパー伊東が3月5日、ブログを更新。3月3日深夜に亡くなったパフォーマンス集団・電撃ネットワークの三五十五さんとの思い出を振り返った。

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エスパー伊東/Esper-Ito, Jun 20, 2012 : 映画「ワン・デイ 23年のラブストーリー」のイベントでヒロインのパネルを沓名さんに見立てキスの予行演習をするエスパー伊東さん
写真:まんたんウェブ/アフロ


かつて伊東は、電撃ネットワークと同じ事務所に所属し、何度も一緒に営業で各地をまわっていた。実はその事務所の面接も、リーダーである南部虎弾の誘いもあり、電撃ネットワークのメンバーになる予定で受けていたという(その後、残りのメンバー全員が反対したため伊東加入の話は立ち消えになってしまった)。

そのように電撃ネットワークと深い親交のある伊東は、「一昨日、長年の同士とも言える電撃ネットワークの三五十五さんが亡くなった」とつづる。

はじめは年下の三五十五さんとあまり打ち解けることができず、1年ほど会話はなかった。だが、一緒に営業をするうちに「面白い奴」ということで、次第に言葉をかわすように。いつかは三五十五さんに「これ親父の形見だから」とスーツをプレゼントされたこともあるそう。伊東は、「たまに着たり今でも大切にしています」と語っている。

事務所が別々になってからも電撃ネットワークとの交流は続いた。「まさか三五十五さんが肺ガンで亡くなるなんて」とショックを示す伊東。見舞いにも行っていたそうで、「お見舞いに行くと体調が良くなるように足裏マッサージを30分以上しました。薬の副作用による全身の痒(かゆ)みが何よりつらく足裏を強く圧している間は気が紛れるらしくよろこんでいました」と当時の三五十五さんの様子を明かす。

しかし、2月から面会謝絶になってしまった。伊東は、「今年1月10日お見舞いに行ってそのときはよくしゃべり食欲もあったのが最後の別れになるとは。悲しいです」と哀悼の意を表している。

三五十五さんは2013年7月、肺がんで余命1週間と診断されたことを公表し、入院生活へ。3月3日夜に亡くなった。52歳だった。昨年12月21日には、都内で行われたイベント「電撃クレージーナイト 忘年会ダァー!」に車いすで出演し、「1日でも早く完全復帰できるように頑張ります」と意気込んでいた。

(文/原田美紗@HEW

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