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昨年テレビ本格復帰を果たした、タレントのヒロミ。メディアから遠ざかっていた約10年のブランクを感じさせぬ鋭いコメントとユーモアを交えた毒舌とテンポは、さびつくどころかますます磨きがかかり、各テレビ局のバラエティ番組に引っ張りダコとなっている。その復帰とその後の活躍ぶりは、妻でタレントの松本伊代の"内助の功"があってこそ。ヒロミを再びスポットライトの下に送り出すまでの心境を聞いた。

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5月17日(日)放送の「ウチくる!?」(フジテレビ系)にて、松本伊代が出演
写真:トレンドニュース


松本伊代が、お笑いトリオ・B-21としてブレイク中だったヒロミと結婚したのは、1993年。テレビ番組「流行笑会」での共演がきっかけだったが、アプローチをしたのは実は松本の方から。結婚から20年以上たった現在でも、互いのブログにそれぞれの話題が登場するなど、その"おしどり夫婦"ぶりは有名だ。

「前よりもテレビを見る時間が増えましたね。『あ、今日はヒロミさんが出ている』とか思って。テレビを見るのがより楽しくなりました」と夫の現在の活躍に目を細める。テレビから遠ざかっていた空白期間は「『そのうちまた声がかかるだろう』とは思っていたので、急かすことはしませんでした。ヒロミさんにとっては、遊ぶことも仕事につながるので、私としてはすべてプラスの方向に考えていました」と、その才能に再び陽が当たることを信じ、見守ることに徹した。

その期間、「充電」としてだけでなく、家族サービスの時間とも捉えた。「それまでのヒロミさんは、あまりにも忙し過ぎて家にいる時間も少なかったですからね。家にいて子供たちの相手をしてくれる時間が増えたことはうれしかったです。ヒロミさんが子供たちを外に連れ出してくれたりして」と、何ものにも代えがたい時間だったと振り返る。

松本自身「この世界の仕事は、本人が『出たい』と思っても、局の方やスタッフの方々が呼んでくれなければダメですから」と芸能界の不文律を痛いほど理解していた。しかし、誰よりもその魅力と才能を知るだけに「ヒロミさんはおしゃべりが本当に上手な方。本人の気持ちと時代さえ合致すれば、またテレビに出演できると信じていた」と心の奥底では復帰を待ち望んでいた。

2014年末、松本の思いは的を射る形となった。"歯に衣着せぬ"キャラクターの需要が増した今のテレビ業界の流れに、ヒロミの才覚と芸風はピッタリと一致。瞬く間に再ブレイクを果たし、話題の人となった。それは、夫が復帰したことだけでなく、息子たちにも反応が現れる。「パパが出演するテレビを食い入るように見ていて、『わりと面白いね』と言っていました。その姿を見た時に『若い子でもヒロミさんの面白さがわかるんだ!』と安心しました」とわが事のように声を弾ませる。

一方で、妻としての一抹の寂しさはないのだろうか? これに対し松本は「それがね、意外と(ヒロミは)家にいるんですよ~」と笑い飛ばす。「昔のように番組を抱え込み過ぎないで、忙し過ぎず、暇過ぎず、遊ぶ時間もありながら、きちんと仕事もする。細く長く地道に、そんな今のペースが続いてくれたら幸せですね」。再び笑いのリングに上がったヒロミに、世界で一番のファンとしてエールを送っている。

(取材・文/石井隼人)

5月17日放送のフジテレビ系バラエティ「ウチくる!?」(日曜午後12:00)にゲスト出演。夫・ヒロミとよく散歩をするという道の近くにある蕎麦屋「紫仙庵」では、デビュー秘話から夫・ヒロミとのなれそめ、驚きのハワイ挙式の舞台裏を赤裸々告白。ハワイ挙式が番組収録の一環として行われていたという大胆な時代に、中川翔子も目が点に。

松本伊代(まつもと・いよ)
1965年6月21日、東京都出身。スカウトをきっかけに芸能界入り。1981年に「たのきん全力投球!」で"田原俊彦の妹役"でデビュー。同年にデビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」を発表し、アイドルとして大ブレイクする。バラエティ出演やバラエティ番組の司会もこなすなど、タレントとしても活躍。1993年にヒロミと結婚し、2児の母親でもある。

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