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globeのデビュー20周年を記念するカバー+ベストアルバム「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」が、12月16日にリリースされた。本作にはメンバーと交流の深いアーティストやglobeの音楽に多大なる影響を受けたアーティストなど、ベテランから若手まで所縁ある豪華なアーティストが多数参加。TRFやhitomi、浜崎あゆみをはじめ、倖田來未やAAA、超特急など、また、意外なところではHYDEや坂本美雨、GReeeeNらが思い思いのアレンジで歌い、革新的なサウンドと普遍的なメロディで90年代の音楽シーンを牽引してきた、globeの楽曲の新たな魅力を引き出している。

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小室哲哉 カバー+ベストアルバム「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」発売中


カバー盤とベスト盤は同じ曲目・曲順になっているので、聴き比べてみるのも楽しいだろう。なお、アルバムジャケットに使われているKEIKOの写真は、97年頃に撮影されたもの。今回、小室のたっての希望で採用されたという。

激動の20年を駆け抜けたglobeの司令塔、小室哲哉に当時のエピソードや今後の活動の可能性など、たっぷりと語ってもらった。

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小室哲哉 カバー+ベストアルバム「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」発売中


ーーglobe20周年ということで、まずは今の心境をお聞かせ下さい。

小室: 3人揃っての活動ができない状況なのは残念ですね(苦笑)。3人グループで、ヴォーカルが稼動できないのは正直辛いところです。でも、未だにglobeの曲が沢山の人たちに、色々な形で影響を与えているのは光栄です。デビュー当時は中学生、高校生だったファンの人たちが、今業界の中で偉くなってたりして(笑)。彼らと直接お話ができたりすることに対しての"重み"を感じています。

ーー20年の歴史の中で、特に思い出に残っていることは?

小室: 普通のグループと違って下積みがなかったから、特に僕を除く2人はいきなり何万人の前で初お披露目という感じだったので、プレッシャーも相当あっただろうなと。最初の5年くらいは特に大変だったんじゃないかな。今振り返ると、もう少しケアしてあげられることもあったかなあって思いますが、僕自身も当時はとんでもない状況でしたので... ...(笑)。そんな中、KEIKOとマーク(・パンサー)は、姉弟みたいな感じで助け合っていたんじゃないかなと思います。

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小室哲哉 カバー+ベストアルバム「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」発売中


ーー当時、様々な名義で活動していた小室さんは、どういう思いでglobeを立ち上げたのでしょうか。

小室: avexというレーベルが大きくなっていく中、ビジネスとしてはTRFが先頭に立って引っ張っていく存在だったのですが、globeに関しては僕自身の実験室、ラボラトリーみたいな気持ちがありました。とにかく、次のステップに進むため、なんでも好きなことが出来る場所というか。だから、「絶対に売らなきゃいけない」というような気負いより、リスナーには「globeって面白いことやってるグループだな」って思ってもらう方が大事でした。当時、何十組というアーティストを手がけていましたが、その中でもglobeは特別な存在でしたね。

ーー「実験的」というのは音作りだけでなく、パッケージングからリリース形態まで、あらゆる面でおこなっていましたね。

小室: そうですね。globeはトータルで時代時代の象徴であるべきだと思っていました。テクノロジーと共に進んでいくアートフォームというか。例えば僕は1996年に初めて配信の実験をやりましたが、そのときはまさかここまで浸透するとは思いませんでした(笑)。もしglobeが今も活動を続けていたら、「配信の次は何をやろう?」って考え続けていたと思います。

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小室哲哉 カバー+ベストアルバム「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」発売中


ーー今のようにインターネットで気軽に情報収集ができなかった頃は、どんなふうにアンテナを張り巡らせていたのですか?

小室: 当時はavex自体がとても若い会社で。一番トップの人間が僕よりも6つも歳下だったし(笑)、そういう意味では他のレコード会社さんとは全く雰囲気が違いましたよね。単なる若者の集団が、なんだかよくわからないけど面白いことをやろう!みたいな感じで(笑)。そういう環境にいたことは大きかったと思います。でも、歌詞の内容に関して言えば、若い女の子にリサーチしたとかではなくて、基本的には僕の頭の中の妄想ですね。自分が学生時代に考えていたこととか。

ーー音楽的にはどこがターニングポイントだったと思いますか?

小室: 宇多田ヒカルちゃんが登場した2000年前後ですね。そこまでは、やっぱり自分が最先端を走っていて、globeでは誰よりも新しいものを作っている意識があったんですけど、当時ヒカルちゃんは16歳くらいだったのかな。ネイティヴで、ヒップホップとR&Bを引っさげて海の向こうからやってきた。その衝撃は大きくて、「globeはどこに行けばいいのかな」っていうことを考え始めたのはその頃です。ただ一方で、「これでもう、自分が思った道を誰に気兼ねなく進むことができるな」っていう気持ちもありました。

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小室哲哉 カバー+ベストアルバム「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」発売中


ーー当時、ものすごいペースで楽曲をリリースし、そのほぼすべてが大ヒットを記録していました。あのころ、どんなふうに曲作りをしていたのでしょうか。曲作りで煮詰まったり、プレッシャーで押しつぶされそうになったりしたことはありましたか? 

小室: プレッシャーっていう意味では、一番きつかったのは今話した2000年前後ですね。囲みのインタビューなどで、「宇多田ヒカルさんは600万枚突破しましたけど、globeさんは400万でしたっけ。越せますか?」みたいなことを言われたりして(笑)。そこは「越せますよ」って言わざるを得ないじゃないですか。

ーー400万だってとんでもない数字ですけどね...(笑)。

小室: もっとも忙しかった90年代後半は、年間で90曲を完パケまでやっていました(笑)。ただ、作業もシステマティックになっていたし、忙しかったけど精神的なプレッシャーはそんなになかったと思います。先が見えていて忙しいのと、時間はあるけど先が見えず「どうしよう?」って思っているのとでは、気持ち的に全く違いますからね。

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小室哲哉 カバー+ベストアルバム「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」発売中


ーーこのたび、カバーアルバム「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」がリリースされました。人選や楽曲のセレクト、カバーアレンジなどで、小室さんも一部関わっているそうですが。

小室: きっと、みなさんが意外だと思われるのはHYDEの参加ですよね。90年代にL'Arc-en-CielやLUNA SEA、GLAYが登場した頃、僕はアメリカに住んでいたので、彼らが日本ですごく盛り上がっていたことを知らなかったんですね。それで、初めてHYDEの歌を聴いたときは、男である僕が見ても可愛らしいルックスとは裏腹に、すごく骨太なボーカルで。こういう子たちがこれからどんどん出ていくんだろうなっていう勢いをすごく感じました。

ーーそれから15年経って、今回の企画ですよね。

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小室哲哉 カバー+ベストアルバム「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」発売中


小室: だから、頭のどこかでHYDEのことは気になっていたのかもしれない。ダメ元でオファーをしたら快諾をもらった。それで「DEPARTURES」をカバーしてもらったんですけど、自分のものにするためのこだわりをHYDEはすごく強く持っていましたね。僕もそこはなるべく応えたい、彼が納得する「DEPARTURES」になるまでとことん付き合おうと思って、メールで何度もやりとりしながらアレンジからミックスまで僕が一緒にやりました。忙しい中、相当時間を取ってくれてギリギリまで作業してくれて。もちろんそれは、他の参加アーティストの方々もそうなのですが。ありがたいことですよね。

ーーリアレンジという形で関わり、改めてglobeの楽曲に向き合って気づいたことはありますか?

小室: 「いいメロディが多いなあ」って思いました(笑)。「これ、自分でどうやって作ったんだろう?」って思うんですよ。特にKEIKOが歌っているのではなく、他の人が歌っているのを聞くのは不思議な気持ちでした。客観的に聞いて、「いい曲だなあ」って思えたのは嬉しかったですね。やっぱり自分はメロディーメーカーであり、作詞家なんだなって。

ーー今回、小室さんも「ピアノソロ」という形で「Feel Like dance」をセルフカバーしています。この曲を選んだ理由は?

小室: ずっとマークが「globeの灯火は消したくない」って言っていて。来年8月のglobe20周年までは、次につなげるという意味で。過剰な期待は持たせたくないのだけど、「何かglobeで、できるかもしれないよ?」っていうメッセージも込めてカバーしました。ファーストアルバム『globe』(96年)の最後に収録された「LIGHTS OUT」というインスト曲があるんですね。あの曲はその場の即興で弾いたんですけど、そのときのことを思い出しながら、数テイクくらいで完成させました。ちょうど、直前に出演したテレビ番組で「人生の最後に聞きたい曲」っていうテーマがあって(笑)。そこでも「LIGHTS OUT」を挙げたんです。

ーーそれはどうして?

小室: 朋ちゃんの「I'm Proud」でも、《ひとつふたつ消えてく 家の明かり数えていた》っていう歌詞が出てくるんですけど、そういう光景が昔から好きなんですよね。ちょっとナルシスティックかもしれないですけど(笑)。

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小室哲哉 カバー+ベストアルバム「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」発売中


ーー今作は、小室さんにとっても大切なアルバムになりましたか?

小室: そうですね。懐かしい写真が貼られた「記念アルバム」と、同じ意味の「アルバム」になったというか。今だからこそお願いできた人も沢山いますし、何年か経ったあとに「あのとき、ああいう形でカバーアルバムを残しておいて良かったね」って振り返られるような、そんな作品になったと思います。まるで、僕のために作ってもらったような内容ですし、これからも大切にしていきたいです。

ーー今後の展望は?

小室: なかなか思っていたように現実は進まなくて、(globeの再開は)なかなか難しいところではあるんですよね。あまり無理をせず、僕らで出来ることをやっていきたいと思っています。だから、普通のグループのアニバーサリーとは、いろんな意味で違うかもしれないですけど。

ーー難しい状況の中、出来ることを模索している小室さんの姿に心動かされる人は多いと思います。

小室: そう思ってもらえると嬉しいですね。もしかしたら、3人でglobeやっていた頃より、年齢的にも今の方が忙しいかもしれない(笑)。もう少しゆっくり仕事してもいいんじゃないかなぁと思いつつ... ...これからもやっていきます。

globe 「HYDE / DEPARTURES」(#globe20th -SPECIAL COVER BEST-)>>



globe 「木村カエラ / FACES PLACES」(#globe20th -SPECIAL COVER BEST-)>>



globe「Joy to the love / AAA(#globe20th -SPECIAL COVER BEST-)」>>


そのほか、収録曲はこちら>>


◆ 小室哲哉
1958年11月27日東京都生まれ。音楽家。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、編曲家、キーボーディスト、シンセサイザープログラマー、ミキシングエンジニア、DJ。83年、宇都宮隆、木根尚登とTM NETWORK(のちのTMN)を結成し、84年に「金曜日のライオン」でデビュー。同ユニットのリーダーとして、早くからその音楽的才能を開花。93年にtrfを手がけたことがきっかけで、一気にプロデューサーとしてブレイクした。以後、篠原涼子、安室奈美恵、華原朋美、H Jungle With t、globeなど、自身が手がけたアーティストが次々にミリオンヒット。2010年、作曲家としての活動を再開。AAA、森進一、北乃きい、超特急、SCANDAL、Tofubeats、超新星、SMAP、浜崎あゆみなど幅広いアーティストに楽曲を提供している。最近の座右の銘は「猪突猛進」、そのための「健康第一」

(取材・文/黒田隆憲)
(写真:トレンドニュース)

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