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ダウンタウン松本人志をはじめとする笑いの精鋭たちが、「すべらない話」を披露する人気バラエティー番組「人志松本のすべらない話」。2015年7月11日にフジテレビ系で放送された「第28回大会」の完全版が1月13日にDVD化されることが決定した。今回は板東英二、出川哲朗、博多華丸(博多華丸・大吉)、春日俊彰(オードリー) らも初参戦。「お笑い界の総合格闘技」ともいうべき熱いトーク合戦を繰り広げ、話題を集めた。そんな中、リアクション芸人として確固たる地位を築きながら、この「トークの戦場」に降臨した出川哲朗に、「すべらない話」に対する熱い思いを聞いた。

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1月13日にDVDリリース「人志松本のすべらない話 第28回大会完全版」


人志松本のすべらない話 出川哲郎 「海外のゲイバーにて」>>


――「すべらない話」は初出場となったわけですが。

「本当に待ちに待った出演だったのでうれしかったですね。どうしても僕は世間でリアクション芸人だと思われがちなんですけど、(腕をパンパンとたたきながら)実はトークの技術も持っているということを見せつけたかったんです。やっときたという感じですよ」

――出川さんも芸能生活が長いですから、すべらない話のストックは相当あるのでは?

「ありますね。たぶん100や200くらいはあると思いますよ。ただそうは言っても、オファーが来なければ、その100や200を披露することもできない。ストックがたまる一方なんで、ようやく出せる機会をもらえた。この番組が怖いとか、緊張するから出たくないという芸人さんもいっぱいいらっしゃいますけど、意味が分からないですね。わたしはこのリングにずっと立ちたかった!」

――この日の収録は、同じ初出場組となったオードリーの春日さんが最優秀賞となるMVS(MOST VALUABLE すべらない話)に選出されました。

「それはリアルにうれしかったですね。どちらかと言えば春日も、世間的にはトークが下手な人というイメージで見られがちなんで。春日が頑張って笑いをとったのは本当に良かったです」

――次は俺がMVSを取るんだという思いがあるのでは?

「あの時は奇跡的にさいころが春日に集中して。それでも春日は奇跡的に笑いをとっていったから。春日がMVSをとった時は心からおめでとうと言えましたね。ただ、ほんのちょっといやらしい話をすると、ひょっとしたら俺じゃないかという気持ちも......。(突如、くしゃみ)ハクション! はあ......。これは人の話をするなということですね。神様が。(天に向かって)ごめん、春日。いや......、MVSは春日がとるべくしてとったんだと思いますね。本当に」

――今まで「すべらない話」はご覧になっていたんですか?

「もちろんずっと見ていました。でも、そこに僕がいないことが不思議でしょうがなかった、なぜ僕にオファーが来ないんだと。スタッフの皆さんはなぜ本質が見抜けないのか。もしかしたら話が下手だなと思われていたのかもしれないですが、バラエティーをよく見ていただければ、『あれ、こいつ、実はうまいんじゃないか』『毎回、必ず笑いをとっているじゃないか』と思うはずなんです」

――そこまでたどり着くのは長かったですね。

「『すべらない話』のスタッフも、その本質を見抜くまでに結構、時間がかかりましたね。結果、発掘していただいたんで、今は何の文句もないですけど。逆にありがとうございますという感じですがね」

――リアクション芸の天才と呼ばれた出川さんが、話芸のスペシャリストたちに交じってどう戦おうと思ったのでしょうか?

「それは僕の話が下手だという前提ですよね(笑)。いいんです、いいんです。確かに皆さんそう思っているんだと思うんですが、でも、僕はトークができるという前提でリングに上がっていますから。そもそもいつもと違うことをやろうという感じじゃなかったですね。収録の際にも松本さんが聞いてくれたんです。僕がまた甘がみをしたら、それをツッコめばいいのか、スルーした方がいいのかと。だから僕はちゃんと言ったんですよ。『松本さん、スルーしてくれ』と。だからみんなも僕の甘がみをスルーしてくれて。最後まで話をさせてくれたんですよ。

いつもの番組なら僕は途中でツッコまれて、ほとんど最後までしゃべることができないんですよ。でもそこでは芸人のみんながツッコんでくれるし、それで笑いが成立しているわけだから、僕はみんなに感謝しています。とはいえ、心の底では俺は最後までしゃべりたいんだ、しゃべることができるんだという気持ちもあったから。だからこそ今回は『すべらない話』に出たかったんですよ。これは最後まで話をさせてくれる番組だと思っているから」

――この番組でついに、話芸のスペシャリスト・出川哲朗が見られると。

「そうなんです! 見ている人はたぶんこいつは下手なんだというマイナスから入ってくると思うんですけど、見る人にはまず一回、そこを取っ払ってくれと。一度、フラットな気持ちで見てもらってから、うまいかどうかをちゃんと公平に見てほしいですね」

――「すべらない話」の現場は緊張感が違うということはよく言われていますが。冒頭、出川さんも緊張からか、せきが止まらなくて苦しんでいたようですが。

「やはり普通の現場とは違いますね。緊張感が半端なかったんで、僕も余計にぜんそくが出ちゃいました。ぜんそくって我慢しようとすると余計に焦っちゃって、せきが出てしまうんです。でもそうしたら現場が変な空気になっちゃって。だから立ち上がって、本当に申し訳ありませんと謝りました。これはそんなハプニング頼みの番組じゃなくて、トークの戦場なんだからと。(トーク中にせきをかぶせてしまった)オードリーの若林君には申し訳ないことをしたと。そこで僕は焦って汗だくになってしまいました。そんな風に迷惑をかけちゃった時に松本さんのサイコロの目が『出川』と出たんで、そこでみんなが初めてドカンと笑った」

――やはり持っていますね。

「そこで僕はちょっとだけ楽になったんですよ。結局はハプニングに頼ってしまう、いつもの調子になったんで、そこは申し訳なかったんですけど。でもあの時はシーンとしていたし、せきもとまらなかったし、緊張と焦りの気持ちしかなかった。でもそこでサイコロの目が『出川』と出るのって。何なんだろうなと思ったんですが。でもそこでドカンとウケてもらえた。若林君には本当に申し訳なかったですけど、ちょっとだけ楽になったというのはありましたね」

――出川さんがリアクション芸に目覚めたのは、松本さんの影響が大きかったと公言されていますが。

「もともと、ウッチャンナンチャンとプライベートで遊園地に行って、ジェットコースターに乗ったんです。でもあまりにも怖かったから、ガガガと上がっている最中に『すみません、俺、降ります!』と。そこまで来たら降りられるわけないのに『マジで降りますから!』なんて言ったのを、2人がゲラゲラ笑っていて。もちろんプライベートだからカメラも回ってなかったけど、ウッチャンナンチャンの2人がそれを面白がってくれて。その後、自分たちの番組の罰ゲームとしてジェットコースターに乗らせようということになったんですよ」

――それがリアクション芸の原点となった。

「そのときはウッチャンナンチャンと『SHA.LA.LA.』という番組だったんですけど、あるとき、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』と合体した特別番組が放送されたんですよ。その時に初めて僕のリアクション芸というか、ジェットコースターに乗っているVTRが罰ゲームとして流された。そうしたらお客さんが笑ってくれたんですけど、僕は何でこんなにみんなが笑ってるのか、よく分からなかった。ただ、その時のエンディングで、松本さんが、ウッチャンナンチャンに『ちょっとこの子、今度貸してよ』と言ってくれたんですよね。あの松本さんがそんなことを言ってくれたんだ、というのは鮮明に覚えていて。ひょっとして、俺の進むべき道はこっちなのかな、と思ったのがリアクション芸をやるきっかけだったと思います」

――そんな松本さんの番組である「すべらない話」に出るというのは何か違った感慨はあるんですか?

「松本さんとはこれまで山ほど仕事していますし、リアクション芸と『すべらない話』は別物ですから(笑)。そういうことはないですけど、ただ、ダウンタウンさんとの仕事はいつも失敗できないし、「よし」と気合も入ります。でも、僕の『すべらない話』に対する思いは本当に強かったんで、いつも以上の気持ちで挑んだのは間違いないですね」

――最後に座右の銘を教えてください。

「これはいつも言うんですが『一生懸命頑張っていれば、誰かが見ていてくれる』ですね。これは僕の仕事が少なかった頃からバウバウの松村(邦洋)君といつも言っていた言葉で。彼とはいつもそういう話をしていたんですけど、一生懸命頑張っていれば、時間がかかるかもしれないけど、きっと誰かが見ていてくれるからと。これですね」

――いつも全力の出川さんが言うと、説得力が違います。

「この『すべらない話』もそうなんです。僕はずっとやりたいと言い続けていたのに、やっと来たオファーが(TBS系で放送されていたバラエティー番組)『リンカーン』の『すべる話』だった! そういう紆余(うよ)曲折があって、10年ですよ。やっぱり『すべらない話』と出川哲朗なんて真逆じゃないですか。それでも出たいと願って、いろんなところで一生懸命やり続けていたら、オファーがもらえたという。まさに今回の座右の銘にもちょうど合っていると思いますし、僕はそうしてきたんです」

DVD最新作2016年1月13日(水)発売にあたり、インタビューコメント>>



出川哲朗
でがわ てつろう

1964年2月13日、神奈川県出身。1985年に横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)演劇科卒業。同年に芸能界デビュー。俳優として舞台、映画などに出演後、1990年代ごろからテレビタレントとして「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」などに出演し、リアクション芸人としての地位を確立。その後はテレビバラエティーに欠かせない存在として異彩を放つ。現在も「世界の果てまでイッテQ!」「アッコにおまかせ!」「アメトーーク!」「ロンドンハーツ」など多くの番組に出演している。

人志松本のすべらない話 春日俊彰(オードリー) 「台湾でトゥース」>>


(取材・文/壬生智裕)
(写真:トレンドニュース)

トレンドニュース「視線の先」 ~築く・創る・輝く~
エンタメ業界を担う人が見ている「視線の先」には何が映るのか。
作品には、関わる人の想いや意志が必ず存在する。表舞台を飾る「演者・アーティスト」、裏を支える「クリエイター、製作者」、これから輝く「未来のエンタメ人」。それぞれの立場にスポットをあてたコーナー<視線の先>を展開。インタビューを通してエンタメ表現者たちの作品に対する想いや自身の生き方、業界を見据えた考えを読者にお届けします。

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