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漫画『鏡の前で会いましょう』の主人公・各務明子は自他ともに認めるブスだ。大柄でアブラ症、太い眉毛に大きな鼻。それでも身の程をわきまえてさえいれば、楽しい人生を送れると思っていた。しかしある夜、友人の美女・まなちゃんとお互いの体が入れ替わって――!?

ここまで聞くと、よくある"入れ替わりモノ"、ブスな女の子が美人になって大騒動を起こしつつもめでたしめでたし......的なストーリーを想像するだろう。しかし、それで終わらせないのが、男性が妊娠する世界を描いて話題を呼んだ『ヒヤマケンタロウの妊娠』を始め数々の作品で性やジェンダーの問題を扱ってきた坂井恵理の手腕だ。美女を取り巻く世界を知ったことで、そして自分の容姿を"他人"として直視したことで、明子のコンプレックスはさらに深まっていく。

美人であれ、その逆であれ、容姿の呪縛から人間は逃れられない。この頃は「※ただしイケメンに限る」という言葉が流行し、男性であっても自身の容姿を強く意識せざるをえない時代となってきている。われわれは自分の容姿とどう向き合っていくべきか?

2月12日に『鏡の前で会いましょう』第1巻が発売。2月26日に講談社コミックプラスで第1話の試し読み(無料)がスタートするにあたり、坂井に作品に込めた思い、また性やジェンダーといったものへの考え方を明かしてもらった。

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"美醜"をテーマにした『鏡の前で会いましょう』 漫画家 坂井恵理


『鏡の前で会いましょう』第1話を試し読み(無料)>>

■再び美醜をテーマに扱った理由は......

2010年に発表した『ビューティフルピープル・パーフェクトワールド』も美醜をテーマとした作品だった。同作品では、整形が当たり前になり、容姿の優劣がなくなった世界を描いた。今回『鏡の前で~』で再び美醜の問題を取り扱ったのは、"描き足りない"という思いがあったからだ。

「『ビューティフルピープル~』は、整形に対して誰もなんのためらいもない世界を舞台にしたSFでした。でもそういう世界と現実だったら、やっぱり美醜に対する考え方も変わってくると思ったんです。現実では、キレイになりたいと思っても整形手術まで踏み出せない人がほとんどです。その葛藤というのは前の作品では描けなかったものなので、扱ってみたいなと思いました」

フジテレビ系「B.C.ビューティー・コロシアム」が大好きで、自分も含めて"美しくなりたい人の心理"というものに興味があった。これまでの人生の中で、特別容姿に関してショッキングな出来事があったわけではないのだが、たとえば女子同士の褒め合いのときに自分は褒めてもらえない。そういった小さな出来事の積み重ねが、自己評価を形作るのだと感じた。ただ少しでもバランスを失敗すると「美人はこう、ブスはこう」という偏見を強化しかねない物語。その難しさはあるのだろうか?

「悩むところではあるんですけど、もともとフィクションの中の"ブス像"というのが、あまりにステレオタイプだと思っていたんです。女芸人のおかずクラブのネタみたいなキャラを前面に出せるブスって実際にはそんなにいないじゃないですか。それなりに気を使って生きている人の方が多いと思うんです。それに芸能事務所に所属できるような人を美人とするならば、世の中のほとんどの人がブスになってしまう。そういう意味では、ブスの物語というよりは、普通の人の悩みを描いているつもりです。美醜にまったくとらわれないで生きている人って、あまりいないと思いますから」

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作業風景


■"きちんと怒ること"の大切さ

坂井が1話でお気に入りなのは、物語の冒頭、「不動明王に似ている」とからかわれた明子が"明王化"して怒りを表し、「このとき泣かずに『明王化』した あたし 間違ってないよね?」と心の中でつぶやくシーンだ。

「この物語の中で、美醜以外にも"きちんと怒ること"について描きたいと思っているんです。正当な怒りを表出することは悪いことじゃないんだよっていうメッセージは、のちのち描きたい。だからこのセリフは今後の展開につながるものなんです。......って、描いたときはそこまで考えてなかったんですけど(笑)」

坂井自身も、自身の容姿とどう付き合っていけばいいのか、答えは出ないまま迷いながら物語を描いている。今後明子はコンプレックスから解放されることができるのか?

「明子が自分の見た目を受け入れられるようにとは思っているんですけど、どういう風にしたらそうなれるのか。難しいんですよね。諦めだったら結局幸せではないし、好きな男に選ばれるっていうだけでも多分ダメだと思うんです。いっそ自分の見た目がウケる国に飛び出していっちゃえばいいのに(笑)。それも選択肢のひとつですよ。自分が求められる場所に身をおくっていう。まぁ外国に行くっていうのはさすがに突拍子もないので多分やらないですけど、違った価値観に触れさせてあげたいなとは思っています」

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『鏡の前で会いましょう』原稿


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『鏡の前で会いましょう』原稿


■「ただしイケメンに限」らない?

坂井は今後、男性にも容姿に強いコンプレックスを抱く人が増えていくと考えている。

「男性も容姿を気にしないといけない時代にどんどんなってきていると思います。ネットで『ただしイケメンに限る』とか言うじゃないですか。でも実際そこまで女性って男性の顔だけ見ているわけではない。そう考えると、男性自身が、自分の考える"モテる男"像にがんじがらめになって劣等感を抱いてしまっているように感じるんです」

坂井自身は「男/女ならこうあるべき」という考え方は好まない。だからこそ既存のジェンダーのあり方について問題提起するような作品を描き続けているのだが、そのきっかけのひとつに、自身が通っていた"ヤンキー中学"での経験がある。

「もう本当にバカばっかりの学校で(笑)。私自身はオタク系の生徒だったんですけど、その学校で、『男子は少女漫画に出てくるようなステキな人ばかりじゃないし、女子もエロいことを考えているし、どっちも変わらない』ということを感じました。完璧な王子様やお姫様はいないっていう事実を、絶望ではなく、そんなに悪くないじゃんという風に受け止められたんですよ」

男だから、女だからという考え方は、ときにその枠から外れる者を許さない。性別関係なく、人間が10人いれば"生きやすい生き方"は10通りあるのが当然なのだ。

「ひとつの環境の中でひとつの考え方っていうのが、昔から性に合わないんですよね。性別でくくるのではなく、個人個人こうだよねっていう考え方のほうが、私にはしっくりくるんです。もっとひとりひとりやりたいように、自由にやっていけばいいんじゃないでしょうか」

坂井の作品では、感情をえぐるような描写の果てに、狭苦しい"枠"をとっぱらって、ほっと自分を見つめ直せる瞬間が待っている。『鏡の前で~』の明子も、悩みぬいた末に、きっとこれからどんどん自由を手に入れていくのだろう。

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(C)坂井恵理/講談社


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(C)坂井恵理/講談社


◆坂井恵理(さかい・えり)

1972年4月27日生まれ、埼玉県出身。1994年に『ヤングマガジンダッシュ増刊』掲載の『未来のイヴ』でデビュー。代表作は『ラブホルモン』、『ヒヤマケンタロウの妊娠』、自身の妊娠をテーマとしたコミックエッセイ『妊娠17ヵ月! 40代で母になる!』など。現在『鏡の前で会いましょう』を講談社の女性向け漫画雑誌『BE・LOVE』で連載中。
座右の銘は、「やらない後悔より、やって後悔するほうがいい」。

(取材・文/原田美紗@HEW
(写真:トレンドニュース)


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