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バンドのオリジナルレーベル「Revival Records(リバイバルレコーズ)」より4月13日にファーストアルバム『心の中の色紙』をリリースしたALが、ライナーノーツに続きオフィシャルインタビューを公開。このインタビューは、ライナーノーツも執筆した音楽ジャーナリストの宇野維正氏によるもの。来週18日からは、全国4カ所を周るAL 1st Tour 2016がいよいよスタートする。

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4月13日ファーストアルバム『心の中の色紙』をリリースするAL


AL「花束」>>


――長澤くんと小山田くんで一緒に曲を書くようになったのは?

小山田:2008年くらいかな? 知り合って、二人で飲んだ最初の日。その時にできたのが、今回のアルバムのタイトルにもなっている「心の中の色紙」で。

――初ライブは2011年5月の渋谷B.Y.Gでした。

長澤:どういう気持ちでライブをやろうってことになったのか、実はあんまり覚えてないんですよね。単純に曲を作っているうちに、ライブもやってみたいねって、遊びの延長みたいなノリだったと思う。

――その2人での初ライブから数えて5年。こうして4人でALを名乗って、初めての作品をリリースするわけですけど。まず、長澤くんはソロとしてのキャリアをこれまで歩んできたわけじゃないですか。ALというバンドの自分の中での位置付けは、今、どういうものなんだろう?

長澤:自分にとってALというのは完全に趣味で、壮平と一緒に音楽をやってることがただ楽しくて、それだけで幸せだったんだけど。それが変化するきっかけとなったのが、andymoriが解散することを発表した直後の2013年の夏に壮平からもらった手紙なんですよ。

小山田:「ALをやりたい」ってことを手紙に書いて。病室で。

長澤:一緒にやったら楽しいことになるに違いないっていうのは、もうわかっていたから。妄想としては自分でもいろいろ考えてたんだけど、その手紙をもらって、本気でやってみようかって気持ちになって。

小山田:俺の中では、andymoriを解散するって決意した時点で、ALのことを本気で考えるようになったんですよ。その前から知之に「ALをやりたい」ってことは何回も伝えていたんだけど、その時に改めて「本気でやりたい」って思って、それを手紙に書いて。入院してると何もすることがないから、どうしても自分と向き合うことになるじゃないですか。そこで出た結論が、自分の中ではALだった。

――小山田くんがそこまで思ったのは、ALで音楽をやることが自分の音楽家人生にとって絶対に必要なことだと思ったから? それとも、単純に一番楽しく音楽ができると思ったから?

小山田:自分にとって、人生を賭けて何かやるってことと、それが楽しめるかっていうことは、完全に同じとは言わないけど、ほとんど一緒のことなんですよ。自分が生きていて、これからこの世界に何を残せるかって考えた時に、自分にとって最大限のことができる場所がALだと思った。自分がやりたいことと、できること、その二つを考えた時、そこにはALしかなかった。

――藤原くんは、andymoriが解散してしばらくしてから、そこに合流していくことになるわけですけど。正直、最初はどういう気持ちだったんですか?

藤原:ALをバンドのかたちでやりたいってことになって、そこで声をかけてくれたってことは、自分を友達としてだけではなくベーシストとして見てくれたってことだから、それは単純に光栄なことでしたね。自分には、素敵なバンドの中でいつも一生懸命ベースを弾いていたいって気持ちしかなくって。だから、ALに誘われたら、それを断る理由は何もなかった。知之の曲は昔から聴いていて、『一緒にやったらどんなことになるんだろう?』って想像していたから。

――後藤くんは、2010年の時点でandymoriを脱退していて。そこから今回のALまでに小山田くんとの関係性だけでも外側から見ると長いブランクがあるわけですが。今回こうしてまた一緒にやるようになった経緯を教えてもらえますか?

後藤:2010年にandymoriを辞めて、その後も「バンドは続いてるな」って思って眺めてたんだけど、さっきも話に出たように、この人(小山田)が入院をされまして(笑)。その時点で自分は音楽を続けてはいたけど、ドラムはもうやめてたんです。でも、彼がダイブをしたまさにその日に、神聖かまってちゃんのの子くんから連絡があって、「今度自分が出すソロアルバムでドラムを叩いてくれないか?」って言われたですよ。壮平のその話と、ドラマーとしての久々のオファー、その二つは関係ないんだけど、それがまったく同じタイミングで自分のところにきたことで、なんだか運命みたいに感じちゃって。きっと、それがなかったら、そのドラマーとしてのオファーも引き受けてなかったと思うんですよね。

――あぁ、そうなんだ。

後藤:うん。で、その後に、たまたま壮平が自分のうちの近くに引っ越してきたんですよ。それで、近くの公園で久々に二人で一緒に飲んだりするようになって。そういうことがあって、そこから今回の話につながっていって。

小山田:知之の「回送」(2011年『JUNKLIFE』収録曲)が好きだとか、そういう話もその時してたよね。

後藤:うん。

――アルバム『心の中の色紙』で鳴っている音は、当たり前だけど長澤くんのソロ作品の音ともまったく違うし、この4人中3人が鳴らしていた初期andymoriの音ともまったく違う。まず、プレーヤーとしての観点から、そこの点について訊いてみたいんだけど。

後藤:最近よく言われるんですよ。ドラムのスタイルが変わったって。でも、andymoriの時はその時に自分が信じていたことをやっていただけで、ALに関しては今の自分がやれることをやってるだけで。自分としては、ドラムに向かってる気持ちは変わってないんですよ。でも、あの時よりも「ちゃんとバンドをやってる」という実感はあります。andymoriを脱退した後も、ずっとバンドをやりたいと思っていたから。必死になって目の前のドラムを叩いていただけの昔と比べて、もっと人と一緒に音楽を作ってるっていう実感があって。3人じゃなくて、4人っていうバランスがいいのかもしれないですね(笑)。

藤原:今回こうして一緒にやることになったのは嬉しいことだったんだけど、結局、大樹の言うように、プレーヤーとして一生懸命やってるだけで。もしこれまでと違いがあるとしたら、よりメンバー同士が歩み寄っているというところはあるかもしれない。細かいところまで突き詰めて、ちゃんとバンドとして音を鳴らしているという感覚はありますね。

――ALの今回のアルバムは、本当にバンドのサウンド、バンドの作品になっていて。長澤くんと小山田くんが二人でやってた時期からずっとライブを見てきて、今回のアルバムにも入っている曲を聴いてきた自分には、すごく新鮮だったんですよ。「あぁ、バンドだなぁ」って。

長澤:お互いケアし合って、いい感じでバンドのアンサンブルもできてきてると思います。もちろん、まだ組んだばかりだから未熟なところもあるけれど、アルバムの制作を終えて、このバンドは時間が経てば経つほど良くなるんじゃないかって、はっきりと今思えるから。

小山田:最終的にこの4人でやるって決めた時に、何が決め手だったかっていうと、それは「音楽にとって何が一番いいか」ってことだったんですよ。知之にしてみれば、過去にバンドを一緒にやっていた3人とやるっていうのは、それなりにストレスを感じるところもあったと思うんだけど。今思うのは、やっぱりそれは間違いじゃなかったってことで。自分一人じゃ書けない曲、自分じゃ思いつかないコード進行、リズム、歌詞というのを、自分がやっている、それも「自分のものだ」って思えるというのは一人のミュージシャンとしてとても嬉しいことで。「そうそう、自分がやりたかったのはこういうことだったんだよ!」っていうのをバンドでやれるというのは、とても幸せな経験ですね。

長澤:例えば、壮平が野原を駆け回るような詞を書いて、俺は部屋に籠って窓から外を眺めているような詞を書く。そこで美しいと思うものは違っていても、お互いが美しいと思うものを想像できるし、それを尊重しあうことができる。そういう関係性の中で、それを音楽にしていくのはとても楽しいんですよね。

――最後に、リスナーのみんなにそれぞれメッセージを。

小山田:うーん、いいアルバムだと思うので、是非聴いてみてください。......後藤くんお願いします(笑)。

後藤:いいアルバムができたんで、リラックスして、楽しんで聴いてもらえばいいかなって。......藤原くんどうぞ(笑)。

藤原:今、すごく安らかな気持ちなんですよ。レコーディングの時もそうだったし、次の制作に向かっていこうとしてる今も、焦りみたいなものがない。こうやって自然に楽しんで音楽ができているというのは、とても嬉しい。

長澤:曲のアレンジを決めたりする時も、それぞれのメンバーを頼って、そこで話ができるというのが新鮮で。信頼のできるメンバーと一緒に音楽ができるというのは、自分にとって大きな喜びですね。音楽をやっていることを純粋に楽しむことができている。

小山田:うん。今は理想的な環境で音楽と向き合っていられるから、とても幸せな気持ちでいます。

インタビュー: 宇野維正(音楽ジャーナリスト)

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