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『ヒメアノ~ル』とは耳慣れない言葉だが、「アノール」とは「トカゲ」のこと。ヒメアノール=ヒメトカゲは体長10センチほどしかなく、猛禽(きん)類のエサになる小型の爬(は
)虫類。つまりこの映画のタイトルは「強者の餌となる弱者」を意味している。捕食者と被食者、異常殺人鬼とその犠牲となる人々、世の中にはその二通りの人間しかいないのか? 日常と狂気が交錯するサスペンス。あまりの過激さに映画化不可能と言われた古谷実(「行け!稲中卓球部」「ヒミズ」)のコミックが、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』『麦子さんと』の吉田恵輔監督の手によって実写化された。自身の脚色によって、この戦慄の世界に挑んだ吉田監督に、映画化にかけた思いを聞いた。

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吉田恵輔監督『ヒメアノ~ル』5月28日(土)TOHOシネマズ新宿ほか全国公開




■殺人犯の心理に踏み込むことは避けようと思いました

――この原作のどこに惹(ひ)かれて映画化を考えたのですか?

 読み始めた時に、物語の展開がまったく予想できなかったところです。不思議な作品だなと思いました。コミックスの表紙を見ていくと、1巻と後の巻では主人公が変わってしまう感じを受けるのですが、実はそうした構成の(主人公が交代するような)作品が前から好きだったので、ぜひやってみたいと思いました。

――それで前半のラブコメ風味と後半のサイコ・サスペンスでタッチがまったく変わっているのですね。

 自分ではロバート・ロドリゲス監督の映画『フロム・ダスク・ティル・ドーン』にちなんで「フロム・ダスク感」と呼んでいるんですが、前半が犯罪サスペンスで途中から吸血鬼ホラーになるあの映画のように、前半と後半でまったく違う映画になるものを学生時代から作りたかったんです。しかも、その差が極端で、ど真ん中にタイトルが入る映画を。

 前半と後半では演出もカメラワークも意図的に変えています。衣装もエキストラのものも含めて、前半ではポップな色彩、後半ではダークなモノトーンのものにしているんです。全体の色調も色調整で区別していますから、もしテレビで最初の15分を見ていた人がしばらく席を外して戻ってきたら、ぜんぜん違う映画がやっていると思うはずです(笑)。

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『ヒメアノ~ル』5月28日(土)TOHOシネマズ新宿ほか全国公開
(C) 2016「ヒメアノ~ル」製作委員会


――殺人鬼の森田役に原作と雰囲気の違う森田剛さんをキャスティングしたのは?

 脚本を書いていた時点では森田さんのイメージはまったくありませんでした。23~4歳のキャラを想定していたので、20代の俳優を使うつもりだったんです。しかしなかなか適役が見つからず、そんなある日、プロデューサーから「鉈切り丸」という舞台の森田剛がすごいという話を聞いて、見に行ったら、人を斬りまくる役で、確かにすごい迫力でした。彼なら若く見えるし、高校時代の回想シーンもあるけど、やってみるか......、ということで決断しました。

――対する岡田役の濱田岳さんは?

 濱田さんは年齢不詳なんですよね(笑)。実際には森田さんと10歳ぐらいの年齢差があるのですが、彼ならサラリーマンでも学生でも大丈夫だろうと。

――森田さんの役が殺人鬼ということで、役柄についてはどう打ち合わせを?

 クランクイン前に一回会って話をしましたが、そこでも役に関してつっこんだ話はしませんでした。あまり作りこまれてくるのも嫌なので......。森田さんは現場の雰囲気や他の役者との関係性で演技を調整していくタイプ。「森田が何を考えているのかよくわからない」と言うので、「お互いにやりながら探っていこうか」と答えて、撮りながら手探りで進めていった感じです。

――確かに、殺人犯である森田の心理状況は描かれていません。

 原作を読んだ時には、罪を犯す人の心理をここまで描いた作品はないだろう、と感心したんです。しかし同時に、自分が映画化するとしたらそこは伏せるだろうな、とも思っていました。被害者の立場になったら......ということを考えた場合、犯罪者の代弁はしたくない、犯人を擁護するような内容ではいけないということですね。確かに彼には彼なりのつらいことがあったかもしれないけれど、犯罪を正当化するわけにはいかないんです。ただ、われわれも気がつかないところでイジメに加担していたかもしれない、一声かけてやるだけで森田にも違う人生があったかもしれず、そうすることでこんな事件は防げたかもしれない。こういう一見異常なことはわれわれの周りでも起こりうるんだ、ということは提示していきたいと思いました。

■ヒロインには自分ごのみの"カワイイ女性"になってもらいました

――監督は脚本もご自身で書かれることが多いですよね。

 役者がアドリブで少し変えるのはかまわないんですが、脚本の全体像を自分で把握していたいというのはあります。自分以外の人が書いた脚本だと、あるシーンの演技の話をしたところで、「これ、前のページにこう書いてあったから......」などと言われると、「マズイ、こいつ俺より脚本を読み込んでいるんじゃ......」となるのが怖いんです(笑)。

――映画の後半はかなり原作とは違う展開です。

 この原作マンガは実に古谷実的で、シュールな終わり方をします。しかしそれを映画でやって観客に理解してもらうのは、かなりしんどいんです。映画を作る上では後半に向けて山場を持っていきたいし、自分でもそのシーンは観たい部分でもある。ですから原作の世界を外れないギリギリのところで変えていきました。

――クライマックスに向けては緊張感あふれる場面の連続でした。

 何が怖いか、ということを考えた時に、まず第一に自分が身の危険を感じるよりも大事な人が襲われる方が恐怖感が大きいのではと思ったんです。そして第二には理由がわからない恐怖です。相手が何を考えているのか......、こっちが謝ればそれで済むのか......。気持ちや言葉が通じない、そんな"宇宙人感"を出してもらうために、最初の方で「息をするように平気でうそをつく」森田の様子を描いておいたのがラストで活きてきたと思います。

――怖いといえば、淡々と描かれる殺害シーンも印象的です。

 これも自分が一番怖いと思うシチュエーションについて考えた結果です。防犯カメラで撮られたようなリアルな映像で、そこに"何かが起きているだろう"という空気感が漂うのが怖いと思ったんです。

――そんな凄惨(せいさん)な殺害シーンとベッドシーンがカットバックで描かれていますね。

 早い段階からあれをやりたくて、このシーンのために前後を逆算して作ったんです。時間軸を計算して、ぴったり同じ時間に二つの出来事が重なるようにしました。ここは一番の迫力を出したかったシーンです。

――ヒロインのユカを演じる佐津川愛美さんには監督から数多くの注文が行ったそうですが?

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平凡な青年・岡田(濱田岳)とカフェ店員・ユカ(佐津川愛美)
(C) 2016「ヒメアノ~ル」製作委員会


 実は原作を読んだ時に、ユカだけが好みのタイプではなかったんです。自分の好きな女性キャラでないと、何をもってOKかがわからないんですよね(笑)。だから、自分の中の"カワイイ"を佐津川さんには出してもらいたかったので、それを求めていきました。

――そのユカと岡田の前半のラブコメ感はとても自然な感じで......。

 自分がこういう世界観が好きだということは役者も理解してくれていて、そこはリアルな感じになっていますよね。ただデートのシーンでもセリフはすべて書いてある通りにやってもらっていて、アドリブはありません。

――近年は『麦子さんと』『銀の匙 Silver Spoon』など、ハートウォーミングな映画のイメージが強かった吉田監督としては、かなりのイメチェンになりましたね。

 本当はもっとぶち壊したかったんですけどね(笑)。R18にしようか、とも考えたんですが、そこまでは突き放せなかった......。思ったより丸くなっていたんですかね(笑)。

――そんな吉田監督の映画への目覚めは?

 ジャッキー・チェンから始まっています。カンフー映画からハリウッドのSF大作へという流れです。だからといって自分でもアクション映画を、とは思いませんけどね。他人が撮ったアクション映画を見ると、カット割りとかセンスとかは自分には真似できないと痛感させられますから。同じアクションっぽいことをやるにしても、淡々と生々しく見せることなら自分にもできる。だから自分の得意分野でやっていきます。


■『ヒメアノ~ル』は古谷実の人気マンガの映画化作品。フリーターをしている平凡な青年・岡田(濱田岳)は、同僚の先輩・安藤(ムロツヨシ)から、彼がひそかに思いを寄せているカフェ店員・ユカ(佐津川愛美)との恋のキューピッド役を頼まれる。ユカのカフェに通うようになった岡田は、そこで偶然に高校時代の同級生・森田(森田剛)と再会する。その後、ユカから森田が彼女のストーキングをしていることを告げられる岡田。かつて過酷なイジメを受けていた森田は、ある事件をきっかけに無抵抗な相手を殺すことに喜びを覚える快楽殺人者になっていたのだ。そしてその標的は、いつしかユカと付き合い始めた岡田に...。前半と後半でその雰囲気を一変させるサスペンス。脚本・監督は吉田恵輔が手がけている。5月28日から公開。


吉田恵輔(よしだ・けいすけ)
1975年5月5日生まれ。埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作。塚本晋也監督作では照明を担当。2006年に『なま夏』を自主制作し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター・コンベンション部門のグランプリを受賞。主な監督作に『机のなかみ』(06)『純喫茶磯辺』(08)『さんかく』(10)『ばしゃ馬さんとビッグマウス』『麦子さんと』(13)『銀の匙 Silver Spoon』(14)がある。
座右の銘:「自分のできることしかやらない」(技術的、趣味、予算も含め、手を広げすぎない。大作の仕事を金目当てに受けたりはしない)

(取材・文/紀平照幸)

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