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 たった7日間しかなかった昭和64年に起きた未解決の少女誘拐殺人事件(通称「ロクヨン」)。当時、刑事としてこの事件を捜査していた三上は、14年後の現在、広報官として記者クラブと警務部の板挟みとなる苦闘の日々を送っていた。そんな時、「ロクヨン」を模倣したかのような少女誘拐事件が発生! 前後編の大作として映画化されたミステリー『64 ロクヨン』。いよいよ物語も佳境に入る『後編』公開を前に、原作者・横山秀夫に作品にこめた思いを語ってもらった。

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映画『64 ロクヨン』(前編5月7日、後編6月11日公開)原作者・横山秀夫氏
(写真:トレンドニュース)


64-ロクヨン-前編 劇場予告編>>



■わずか7日間で終わった"昭和64年"を忘れてほしくなかった

――この物語の発想の原点はどこにあったのですか?

 当時私は地方紙の記者をしていて、日々の紙面には県内で生まれた赤ちゃんの写真やお悔やみの記事が載るわけです。だから余計に強く感じたのかもしれませんが、昭和64年がたった7日で平成元年に置き換わった時、その間に生まれたり亡くなったりした人の大切な記録が、昭和もろとも消失してしまったかのような気持ちになりました。なんだか理不尽だな、と。そんなもやもやが記者を辞めた後も残っていて、作家になってから、昭和64年を何らかの形で後世に残したいと考えるようになった。それが出発点ですね。そこに、べつの頭で構想していた誘拐事件や広報官の物語が次々とドッキングしていきました。

――完成までは相当なご苦労があったと聞いています。

 もとはと言えば、『陰の季節』(本作にも登場する二渡=映画では仲村トオル、がキーパーソンになっている短編連作)と『動機』のすぐ後に書き始めたんですよ。ところが、短編の執筆依頼が殺到したり、入退院を繰り返したりしているうちに延び延びになってしまいました。そもそも当時はまだ長い物語を書く力量がなかったんだと思います。他の仕事の合間に書き進めようとしましたが、どうにもうまくいかなくて。雑誌で連載すれば否応なく書けるかと思ってチャレンジしたのですが、前半にボタンの掛け違い的な失敗をしていて、解消できずにギブアップ。その後もひとつ仕事が終わるたびに『64』と格闘を続け、一時は発売日が決まるところまでいったのですが、頭から読み返してみたら全然ダメで。これはもう永久に出来上がらないのではないかと絶望的な思いに囚われるようになりました。けれど、それでは作家を廃業するしかないわけで、最後の二年ぐらいは他のことは何もせず、ひたすらパソコンの前に座り続けて書き抜きました。まあ、とことん苦しんだ作品ですね。

――書き上げた時の感慨もひとしおだったのでは?

 ちょっとうれしかったですけど、むしろ「何でこんなにかかっちゃったの?」「バカじゃないの?」と思いましたね(笑)。

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映画『64 ロクヨン』(前編5月7日、後編6月11日公開)原作者・横山秀夫氏
(写真:トレンドニュース)


――主人公の三上(佐藤浩市)を広報官にした理由は?

 デビュー当時から一貫して組織内の"事件"を書いてきました。それは俯瞰(ふかん)すれば"コップの中の嵐"なんですが、実際にその内部にいる者にとっては、これほど激しい嵐はないわけです。私の執筆手法は、主人公にかかる負荷から生じる畏(おそ)れや焦燥感を推進力に物語を進めていくので、多くの葛藤場面を要求される長編を書くにあたっては、短編以上に主人公の負荷を強くしなければならない。それには内圧だけでなく外圧にもさらされる立場の人間だな、と考えた時に"広報官"という設定を思い付きました。

――記者クラブの描写などにはご自身の新聞記者体験が反映されていますか?

 記者として多くの広報官を見てきましたが、当然のことながら、広報官側の視点で記者を見ることはありませんでした。あらためて広報官という仕事を細部まで検証したうえで、実際に起こりうる匿名問題の騒動を創作しました。フィクションとはいえ、真実の柱は必要ですからね。真実の橋脚を立て、その上に想像の橋を架けた、という感じでしょうか。

――警察ものでありながら、捜査一課の刑事よりも広報官や人事担当などを主人公に選ばれることが多いですよね。

 組織と個人の相克を書いてきたわけですが、しかしまあ、組織、業界、団体に限らず、この日本という国そのものが、しきたりやしがらみまみれの一つの巨大な組織体であるわけですからね。何人といえども、有形無形の影響は受けているわけです。警察は階級社会であり、閉鎖性も強いなど特殊な面がありますが、私はすべての組織の象徴として舞台装置に選んでいます。刑事でなく、管理部門の人間を主人公にすることが多いのは、一般的な事件が絡まないぶん、純度の高い葛藤劇が書けると考えているからです。

■小説が終わっても、登場人物は心の中に生き続けている

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映画『64 ロクヨン』(前編5月7日、後編6月11日公開)原作者・横山秀夫氏
(写真:トレンドニュース)


――今回、映画では原作と違うラストが採用されていますが、それについては?

 脚本は原作者の義務として必ず読みますし、細かいことでも気になる部分は指摘します。ただ、私は昔マンガの脚本を書いていた経験があるので、原作と映画が同じものになるなどという幻想は端から持っていません。マンガはマンガ家さんの物、映画は映画監督の物です。そうは言っても、今回はラストに大きな変更があるということでしたので、瀬々監督と何度も意見交換をしました。主人公を組織人として描いた原作と、家庭人に比重を置きたい映画とのせめぎ合いでした。それと私の小説は、実質的に一人称一視点ですから、主人公が見たもの聞いたこと以外は字にできませんが、映画は三人称であり、神の視点で描かれますのでラスト変更は映像としての必然だったかもしれません。いずれにせよ、映画が完成した今、活字と映像の幸福な棲み分けができたと満足しています。

――今回の映画の中で、特にお気に入りのシーンを教えてください。

 やはり前編のクライマックスの、佐藤浩市さんが記者クラブで静かに、そして熱く語るシーンですね。あれは胸に迫るものがありました。あとは最初のほうにあった街中を捉えた映像。昭和天皇が崩御し、半旗が垂れた街を車が走っていくというただそれだけなんですが、「昭和が終わった......」という感慨をワンシーンで伝えるのは、さすが瀬々監督だと思いました。

――ところで、『64』も『陰の季節』などと同じく「D県警シリーズ」に含まれると思うのですが、続きを書かれるご予定は?

 じつはこのシリーズにはまだ本になっていない短編が3本ありまして、いずれ何本か書き足して一冊にできれば......、と考えています。かなり古い作品群になってしまいましたが、長編も短編も、人の人生の一部を切り取ったに過ぎないので、小説が終わっても登場人物たちは私の心の中で生き続けています。だから何年たっても続きは書けると思っています。

――作品のアイディアはどこかで探してきたりするのでしょうか?

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映画『64 ロクヨン』(前編5月7日、後編6月11日公開)原作者・横山秀夫氏
(写真:トレンドニュース)


 ネタを探し始めたら、作家は辞め時だと思います。たいして自分が興味もないことを、作品を書くためにいくら調べたところで生きた小説には昇華できません。外を探し歩くのではなく、自分の中を探し歩く。たとえば、15年前に知人と会話していて、そのとき相手がふと見せた怪訝(けげん)な表情の理由がわからない。それをずっと考え続け、ひょっとしてこういうことだったのではないかと答えが見つかったなら、それは一編の小説になるということです。

――小説のタイトルはシンプルなものが多いですね。

 『64』の場合は、執筆中の仮タイトルだったんですよ。けれど何回も読んだり書いたりしているうちに愛着が沸いてきまして......。それに"昭和64年"の"64"という数字を残したかったので、そのままいくことにしたんです。

――ご苦労なさって書き上げた愛着のある作品にもかかわらず、「あとがき」を書いてそれについて触れたりされなかったのですね。

 そんなことをしたら興ざめじゃないですか。「クリスマスローズ」でさらっと終わる、あれでいいんですよ(笑)。

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県警広報官・三上(佐藤浩市) 映画『64 ロクヨン』
(C)映画「64」製作委員会


映画『64 ロクヨン 後編』は、横山秀夫の長編ミステリーを瀬々敬久監督が映画化した作品。時効寸前になって発生した「ロクヨン」(昭和64年に起きた未解決の少女誘拐殺人事件)の模倣と思われる誘拐事件。県警すべてが色めき立つ中、せっかく和解に向かうと思われた広報官・三上(佐藤浩市)と記者クラブとの対立は、誘拐事件の報道をめぐって再び暗礁に乗り上げようとしていた......。混乱の末、事態はどのような結末に向かうのか? それぞれの人物の思いが交錯し、映画は原作小説とは違う感動のラストを迎える。共演は綾野剛、榮倉奈々、夏川結衣、緒形直人、窪田正孝、坂口健太郎、椎名桔平、滝藤賢一、奥田瑛二、仲村トオル、吉岡秀隆、瑛太、永瀬正敏、三浦友和。前編は現在上映中、後編は6月11日から公開。

横山秀夫(よこやま・ひでお)
 1957年1月17日、東京都出身。国際商科大学(現・東京国際大学)卒業後、上毛新聞社に入社。12年間の記者生活を経てフリーライターになる。91年『ルパンの消息』がサントリーミステリー大賞佳作に選ばれ、98年『陰の季節』で松本清張賞、2000年『動機』で日本推理作家協会賞・短編部門を受賞。主な著書に『半落ち』『深追い』『クライマーズ・ハイ』『臨場』『出口のない海』『震度0』などがある。
座右の銘:和して同ぜず

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(取材・文/紀平照幸)

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