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1984年から1987年にかけて「週刊少年ジャンプ」で連載された、まつもと泉のマンガ「きまぐれオレンジ☆ロード」は、優柔不断でさえない男の子・春日恭介とロングヘアーの美少女 鮎川まどか、ショートカットでボーイッシュな檜山ひかるという3人による、三角関係を描き出したラブコメマンガの金字塔。テレビ、映画などでアニメ化もされるなど、多くのファンに愛されただけでなく、多くのクリエイターたちにも多大なる影響を与えてきた作品だ。

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(C)まつもと泉,1984



 「ラブひな」「魔法先生ネギま!」などで知られるヒットメーカーである漫画家・赤松健も、この「きまぐれオレンジ☆ロード」に多大なる影響を受けたと公言しているひとり。そんな赤松と、まつもと泉による対談がこのたび実現。まつもと泉の創作の秘密とは何か、「きまぐれオレンジ☆ロード」が、いかに赤松健に影響を与えたのかなど、クリエイター同士だからこそ分かりあえる、刺激的な話が続々と飛び出した。

■まつもと泉の絵柄のルーツとは?

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「きまぐれオレンジ☆ロード」まつもと泉×「ラブひな」赤松健 対談


赤松:わたしはこれまで、「どういう作家に影響を受けてきたか」と聞かれると、必ず「まつもと泉先生」と答えてきたんです。絵柄やストーリー展開をとってみても、わたしはまつもと先生の子孫なんです! 先生の絵柄はどこから影響を受けたのですか?

まつもと:おそらく、いのまたむつみさんですね。それから細野不二彦さん。

赤松:ああ、なるほど。

まつもと:あの当時は、少年誌でカワイイ女の子が出てくるラブコメを描いていた人は、江口寿史さんと細野不二彦さん、この2人でした。鳥山明さんは少し景色が違った。僕はもともと吾妻ひでおさんの影響も受けているんです。

赤松:(深く納得した様子で)はいはいはい。

まつもと:僕の画は、江口さんの画を自分なりに変化、進化させたものなんです。いわゆる古いGペンを使った永井豪さんのような線で、江口寿史さんのようなキャラクターを描く。江口さんは一本線をGペンで描いているんだけども、平坦じゃないんです。それが僕にとってはすごく衝撃的で新しかったわけです。その時、永井豪さんのような正統なGペンタッチを生かして、江口寿史タッチを取り入れたのが細野不二彦さん。僕はその当時、細野さんは江口寿史さんを超えたんじゃないかと勝手に思ったくらい、衝撃をうけました(笑)。

赤松:そうなんですね。

まつもと:細野さんのデビュー作「クラッシャージョウ」。彼の画を見た時も衝撃でした。「週刊少年サンデー」の作家さんの中でも、岡崎つぐおさんや細野不二彦さんは突出してうまかったですね。僕が好きなのは、SFが描けてストーリーマンガが描ける人。手塚治虫系というか。

赤松:細野さん、ものすごくうまいんですよね。

まつもと:はじめは僕も、江口さんのように描いていたけど、あれを見てからは細野不二彦さんのタッチにも影響されました。その後、江川達也さんなんかも出てきて。みんなが、アニメとミックスされたようなタッチになっていったんです。そして細野不二彦さんからさらにアニメ的に進化したのが、いのまたむつみさんだったんですよ。

赤松:なるほど。そういう流れだったわけですね。

■同郷の大先輩が藤子不二雄

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「きまぐれオレンジ☆ロード」まつもと泉×「ラブひな」赤松健 対談


まつもと:だから細野不二彦さん、いのまたむつみさんが出てきたあたりで、僕の絵柄も変わっているんです。

赤松:それは「きまぐれオレンジ☆ロード」の1年目くらい?

まつもと:そうです。急にキャラクターの頭が大きくなったんですが、彼らからの影響が大きかったです。

赤松:それはマンガ家になってからの変化ですね。子ども時代はどうだったんですか?

まつもと:マンガをもちろん描いていましたし、外でも遊ぶわんぱく坊主でした。僕は昭和33年生まれのマンガ好きということで、日本のアニメの始まりである「鉄腕アトム」の放送を第1回から見ていました。

赤松:さすがにそれは、わたしも知らないですね(笑)。

まつもと:わたしの同郷で、同じ学校の先輩が藤子F不二雄さんだったんです。とんでもない大先輩ですが。F先生のすごいところは、宇宙戦艦ヤマトがワープという言葉を使う前に、「21エモン」というマンガでワープという言葉を使っているところなんですよ。

赤松:「21エモン」ではウォープって呼んでいましたよね。「21エモン」が先でしたっけ?

まつもと:全然先です。10年以上前です。あれを見て、藤子不二雄はすごいなと思いました。当時強く思ったのが、マンガって難しいことを簡単に描くことができるものなんだと。これは今の作家に限らずですが、世の中は簡単なことを難しく、複雑に描く方が主流になっているような気がするんです。でも僕の考えとしては、難しいことを簡単に描く方が大変だし、すごいことだと思っています。

赤松:藤子先生はそれができたと。

まつもと:そう。そして手塚先生もできた。実は今、わたしは大学でマンガの歴史の講義をやっていて、そこで(藤子不二雄の)「まんが道」を読み返したりもするんですが、やはりあの時代のマンガ家が大好きです。

■永井豪、少女マンガから受けた影響

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「きまぐれオレンジ☆ロード」まつもと泉×「ラブひな」赤松健 対談


赤松:「少年サンデー」の全盛期に、ジャンプでもラブコメものをやろうということになり、絵柄が新しいまつもと先生が抜てきされたという経緯があったんですよね。

まつもと:当時、ジャンプでラブコメをやっているのは、ちば拓さんしかいなかったですからね。桂正和さんはラブコメというよりは変身美少女マンガでした。彼はラブコメを描くのはあまり好きじゃなかったですし。江口さんは突出していたけど、純粋なギャグとして描いていましたからね。

赤松:もともとラブコメはお好きだったんですか?

まつもと:わたしは、もともとラブコメというよりも少女マンガが好きなんです。

赤松:よしまさこ先生や、くらもちふさこ先生がお好きだとか。

まつもと:そうなんです。小学校までは、手塚治虫さんや藤子不二雄さん、そして何よりも永井豪さんが一番だった。

赤松:そうだったんですか!

まつもと:「ハレンチ学園」。あれが僕の人生を変えましたね。

赤松:(「きまぐれオレンジ☆ロード」に登場する)ひかるちゃんって、髪の毛の先が閉じていないじゃないですか。アニメ塗りで困るタイプの。まどかの髪の毛の先は閉じているんだけど、ひかるちゃんは閉じていないですよね。

まつもと:ひかるの髪の毛は、よしまさこ調に描いているんです。まどかというのはアニメ的な表現なんです。

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赤松:すると、ストーリーライン的に手塚治虫先生や永井豪先生からの影響があったとして、そこにアニメや少女マンガがクロスしたところが、まつもと先生なんですね。実はまつもと先生の作品は、「少年ジャンプ」の中で違和感があったんですけど、少女マンガからの影響、あとはアニメとSF、それから永井豪というものがあった。でも、もとを正せば永井豪先生だって「少年ジャンプ」なんですけどね。

まつもと:「少年ジャンプ」の中での、永井豪さんって浮いていたと思うんです。永井豪さんはトキワ荘系のマンガ家だと思っていて。むしろ「少年サンデー」あたりで描くべき作家かもしれない。でも、彼は「少年ジャンプ」の「ハレンチ学園」でデビューしました。「ハレンチ学園」のすごいところは、基本的にギャグを描いているんだけど、カワイイ女の子が描けるところ。それからラブコメも描いていますよね。もちろんエッチなやつもある。それからストーリーにはリアルなSF要素も織り込まれていますよね。ああいったものをジャンプで描いたのは永井豪さんだけですよ。だから当時、「少年ジャンプ」の永井豪さんの「ハレンチ学園」が衝撃的だった。僕は小さな黒板を買ってもらって、(ヒロインの)十兵衛ちゃんを毎日のように模写していましたよ。

赤松:まつもと先生が描く輪郭からは想像しづらいですね。

まつもと:まどかの髪の毛って黒いでしょ。十兵衛も黒いじゃないですか。少年ジャンプでヒロインを描くなら、十兵衛だなと思っていました。

■「週刊少年ジャンプ」デビューまでの道のり

赤松:まつもと先生が「少年ジャンプ」を志向されたのは、永井豪先生の影響はありますか?

まつもと:実は一回だけ「週刊少年マガジン」に持ち込みに行ったことがあるんです。当時は友人と合作で、ギャグマンガをやりたくて。ロックも好きだったから、ロックとギャグを混ぜたような作品でした。

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「きまぐれオレンジ☆ロード」まつもと泉氏


赤松:少年サンデーに行こうとは思わなかったんですか?

まつもと:怖くて行けなかった(笑)。だって細野不二彦さんがいるし。そこで「週刊少年マガジン」に電話をかけて30ページの読み切りのギャグマンガを持っていきました。それで「コータローまかりとおる!」を担当していた編集の方にそのマンガを見てもらうことになった。その時、その方がストーリーとは関係ない一コマを褒めてくれたんです。

赤松:それは女の子?

まつもと:そう。ストーリーとは関係ないけども、ここのコマの女の子の顔がとても良かったと言ってくれて。で、うちには(マンガ「うる星やつら」の人気キャラクター)ラムちゃんがいないんだよねと言われて。

赤松:欲しかったんですね。

まつもと:それで「コータローまかりとおる!」の蛭田達也先生のアシスタントをやらないかと言ってくれて。うれしかったですね。

赤松:行ったんですか?

まつもと:いや。そこで試しに「少年チャンピオン」もいけるんじゃないかと色気を出して持っていったんですが、ボロクソに言われたんです。それでガッカリしちゃって。でも「週刊少年マガジン」でアシスタントやらないかと言われたのはラッキーなことだとは思っていて。だったらその勢いで「少年ジャンプ」にも持ち込んでみようと思い、思い切って電話をかけてみた。その電話を受け取ったのが、後に編集担当となる高橋俊昌さん。僕と同い年の新入社員1年生だった。高橋さんという人は、ジャンプの中でも少年サンデー的なものが好きな、浮いた人だったんですよ。それが良かった。彼は僕が持っていった原稿を一番褒めてくれた。それでこれを新人賞に応募してみようと言ってくれたんです。

赤松:その時点で、「週刊少年マガジン」はどうなったんですか?

まつもと:ちょうどその頃、夏休みだったんで、僕は実家に帰っていました。それから帰ってきたら、家に高橋さんからの留守電が何本も入っていた。そこで出たら、「何度も電話したのにどうした」と怒られたんですよ。

赤松:一番熱心だったのは、「少年ジャンプ」の高橋さんだったと。

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「ラブひな」「魔法先生ネギま!」赤松健氏


まつもと:「その後も、(マンガを)描いているの?」と言われて、「いえ。実家に帰っていました」と答えると、「なんで描かないの?」と怒られて。それがすごくうれしかったんです。自分のことを高く買ってくれる人がいる。これはジャンプに行くしかないだろうと思いましたね。

赤松:高橋さんの功績だったんですね。

まつもと:高橋さんがいなかったら「きまぐれオレンジ☆ロード」はなかったですね。

赤松:僕もちょっと似たところがあります。わたしがデビューした時の「週刊少年マガジン」は、少年誌なんだから女の子が表紙ではダメだと言われるくらいに硬派だったんですけど、わたしの時に初めて女の子が表紙になったところはありますね。それまではせいぜい「BOYS BE...」くらいしかなかったですから。

まつもと:赤松さんとは同じ道をたどっているわけですね。

赤松:10年くらい後でしたが、わたしは、まつもとイズムを受け継いでいるんです。今でこそ表紙に女の子がいっぱい出ていますけど、それまではなかったですからね。

まつもと:赤松さんは突出していますよね、

赤松:異常なんですよ(笑)。だからまつもと先生における高橋さんのように、わたしにも週刊少年マガジンで一番オタクの大野さんという編集者との出会いが大きかったんです。
彼はアニメが大好きで、表紙はアニメのようにしなきゃダメだと。そして限定版を出さなきゃダメだと。彼自身がオタクなので、自分が買いたいものをということなんですけどね。
アニメ化をしてみて、コンサートには声優さんがたくさん登場するし、彼女たちが歌うのを目の当たりにして、初めての世界を体験できた。ムーブメント自体は10年以上離れていますけど、まつもと先生がやったことを、僕も週刊少年マガジンでやったんです。

■赤松健が影響を受けたポイント「写真のような美少女の出現」

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「きまぐれオレンジ☆ロード」まつもと泉×「ラブひな」赤松健 対談


赤松:(主人公・恭介の双子の妹)くるみとまなみなんですが、徐々にお母さんぽいまなみと、ちょっぴりおバカなくるみというキャラクター設定になってきましたけど、途中で、2人がクレープを食べている画があったじゃないですか。あれに僕は衝撃を受けたんです。あれは写真を参考にしたんですか?

まつもと:ああ、扉絵の2人ですか?

赤松:そうです!

まつもと:あれは写真ですね。

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赤松氏が衝撃を受けたという扉絵 くるみとまなみがクレープを食べている


赤松:あそこからわたしの絵柄が誕生しているんです! 写真のようでいて、しかもマンガ的な美少女がしっくり複数はまってて。あれには衝撃を受けましたね。
そしてわたしは「きまぐれオレンジ☆ロード」を通して、マンガ家としてもっとも学んだことがあるんです。わたしは双子の妹も好きだけど、ひかるちゃんと鮎川も好きなんです。作中に出てくる女の子がみんな大好きだから、読者の分身である恭介にとっての「ライバルの男」が出てくると、すごいストレスだったんです! やめてくれ、鮎川やひかるちゃんに手を出さないでくれと!

まつもと:なるほど(笑)。

赤松:それもあって、「ラブひな」には主人公に対する「ライバルの男」が一人も出てこないんです。それはマガジンの編集者にもハッキリと宣言しました。わたしは読者にストレスのかかることはやらない。いつまでも三角関係でヌルヌルしていたいんだと。その後、アニメにした時に、脚本家の方が、ライバルの男を出したいと言い出したんですけど、やっぱり有効活用できず後味も悪かった。それで結局「ライバルの男」という存在は、オタク業界では「ラブひな」以降はほぼ絶滅したんです。今はライバルの男どころか、「主人公の男」ですら出てこない作品もある。女の子キャラの間だけでヌルヌルしているのが主流になった。三角関係でモテまくる。わたしは毒物を抜いたんです。そしてそこから主人公の男の子まで抜いてしまったのが、今の女の子アニメの流れだと思います。

まつもと:僕の場合はそれとは逆ですね。僕は少女マンガを読んでいたし、青年誌なども好きだったんで、むしろドロドロした話の方が好きだったんです。赤松さんと違って、少年誌でセックスありの世界を描きたかったんです。

赤松:今のアニメは、セックスなしの世界ですよね。

まつもと:そしてそれを少女マンガはすでにやっていた。僕が「きまぐれオレンジ☆ロード」で何をやりたかったかというと、少年誌に少女マンガを投入してみたらどうなるかということ。だから「少年ジャンプ」でラブコメをやろうとは一切思っていなかった。わたしのスタイルはラブコメということになっていますけど、それはファンサービス。基本は少女マンガなんですよ。

赤松:根底はそっちだったんですね。

■赤松作品はストレスのない、まつもと作品「ライバルが出てこない女の子アニメ」

まつもと:僕はくらもちふさこさんに影響を受けていて。くらもちさんのマンガというのは、カッコいい不良少年が出てきて、平凡な女の子がいて。なぜかその女の子がカッコいい不良少年にモテるという、そういうストーリー。手の届かないような、カッコいい不良少年を不良少女に反転させて、主人公をさえない男に変えたのが「きまぐれオレンジ☆ロード」だったんですね。

赤松:なるほど......。

まつもと:その不良少女には彼氏がいるという設定を作っていて。彼は楠みちはるさんが描くようなカッコいい暴走族のリーダーで、その人とまどかがデキている。それがひかるの兄で、そして恭介はその絶対に勝ち目のない男から、どうやってまどかを奪うのか。そういうストーリーを描きたかったんです。

赤松:そこから兄貴が消えたのはなぜだったんですか?

まつもと:実は連載第1話の表紙には兄が入っていたんです。ただし、いざ出そうとすると話を横道にそらされたんですよ。

赤松:それは高橋さんが?

まつもと:そうです。それは後でいいから、それよりもこっちの話を、とかなんとか言って。だから兄の話をやろうやろうと思っていたのに、なかなか出せなかった(笑)。初期の頃に、まどかが窓側の机から遠いところをボーッと見ているというシーンがあるんですけど、あれは不良少女として浮いているという設定もありましたが、実はその男のことを考えている、という裏設定があったんです。読者にはそうは見えなかったでしょうね。でも結果的に出さなくて良かった。出していたら完全に打ち切りになっていたでしょう。

赤松:打ち切りかどうかは分からないですが、読者は完全にストレスになっていたでしょうね(笑)。

まつもと:自分はとにかく徹底的にやりたいと思っていたんですけどね。

赤松:わたしなんかはキャラクターが固定化したあたりで、永遠にヌルヌルしてほしかった。だからドラマ方面に振られたら確かに嫌だったかもしれないです。僕なんかは(恭介たちの学校に転校してきた)杉ひろみが大好きだったんですけどね。

まつもと:あの子は出した意味がなかったですね。

赤松:意味がなくてもいいんです。わたしもそういうキャラをどんどん出して、意味がなくなってしまうことは多いですから(笑)。

まつもと:あれは高橋さんが出せと。「きまぐれオレンジ☆ロード」を出す前に、読み切りでメガネっ娘の生徒会長を出したことがあったんですが、またそういうキャラを出さないかと言われて出したんですけど、自分はあまり乗り気じゃなかったです。

赤松:わたしは高橋さんと気が合うかもしれないですね(笑)。

まつもと:僕が気に入っているのはさゆりという、まどかのライバルみたいな女の子ですね。

赤松:女の子のライバルなら、いくら出してもオッケーです(笑)。意味がなくても、女の子を出すというのがわたしの基本となっていて。「きまぐれオレンジ☆ロード」以降、複数の女の子たちを攻略する「同級生」のような、いわゆるハーレム型の恋愛ゲームが登場したりしました。それを「週刊少年マガジン」で連載された「ラブひな」で取り入れ、一般層にも受け入れられたという経緯があります。
それで次の「魔法先生ネギま!」では人気投票をやったんです。それで一番人気があったキャラをどんどん前面に出していくという。それはある意味、AKB48型の元祖でもあると思うんですが、それもまつもと先生がルーツです。だからありがとうございますという気持ちでいっぱいなんですが、本当にまつもと先生の絵柄と手法がわたしのルーツなんです! さっき言った通り、ストレスを与えるものは排除する。僕が作り出した作品は、ストレスのないまつもとワールドだったと思っています。

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(C)まつもと泉,1984


◆まつもと泉(まつもといずみ)
1958年10月13日富山県高岡市生まれ。1981年、「週刊少年ジャンプ」フレッシュジャンプ賞で佳作入選。その後、「ミルク☆レポート」で正式デビュー。1984年の「きまぐれオレンジ☆ロード」が大ヒット。一世を風靡(ふうび)した。その他の作品として「せさみ☆すとりーと」「BLACK MOON」などがある。
座右の銘はスティーブ・ジョブズの名言、「stay hungry. stay foolish.(ハングリーであれ。愚か者であれ。)」

◆赤松健 (あかまつけん )
1968年7月5日生まれ、愛知県名古屋市出身。1993年に「ひと夏のKIDSゲーム」で第50回講談社漫画賞新人賞で審査員特別賞を獲得し、漫画家デビュー。美少女ラブ・コメディーに本領を発揮し、「ラブひな」「魔法先生ネギま!」が大ヒットを記録した。また最新作「UQ HOLDER !」のアニメ化も決定している。また、2010年には絶版漫画の電子書籍を無料、DRMフリーの広告モデルで配信する(株)Jコミを設立し、代表取締役社長に就任。さらに2015年6月には株式会社GYAOと新会社「Jコミックテラス」を新設し、取締役会長に就任している。
座右の銘「悲観的に準備して、楽観的に対処せよ」

(文:トレンドニュース)

トレンドニュース「視線の先」 ~築く・創る・輝く~
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