ここから本文です

大事件が次々起こった2016年の芸能界だが、フジテレビ系「ライオンのごきげんよう」が3月末に前身番組を含め31年半の歴史に幕を下ろしたことは、日本のテレビ史に残る出来事だった。ゲストを迎えず司会の小堺一機が1人で30分間喋(しゃべ)り通した最終回、実は客席には、過去の番組関係者たちも勢ぞろいしていた。その中には、観客たちに合いの手などの指導をしたり、フリートークを披露して準備中も場を盛り上げたままにしておく"前説"の仕事を2012年2月末まで18年半もの間担当していたお笑いコンビ・アンバランスの姿もあった。

サムネイル

(GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 お笑いコンビ・アンバランスの山本栄治(左)と黒川忠文(右))


アンバ山本が封印してた離婚の真相激白>>


■小堺一機は打ち上げで涙を流すでもなく......

山本栄治「小堺さんのスタンダップ・コメディアンとしてのかっこよさを感じましたよね。最後はあのゲストを呼んでとか、VTRで振り返ってとかじゃない。30分間延々と話し続けたっていう。かっこいい終わり方でした」

黒川忠文「これだけ愛されている番組はないなぁって、涙出そうな気持ちでずっと見ていました。あれだけ関わった番組が終わって、寂しいのは正直なところです。ゲストとして凱旋(がいせん)するっていうのが、ひとつの目標だったんで......」

山本「でも一番びっくりしているのは、小堺さんですからね。最終回でも『ここまで続くとは思っていなかった。長いドッキリだと思っていた』って言っていましたし。小堺さんは打ち上げでも涙を流すことなく、かといって思い入れがないということでもなく、もう『やりきった!』というように見えました」

黒川「すがすがしい感じでしたよね」

山本「フジテレビのお昼の顔をここまでやらせてくれて感謝、みたいな感じでしたよね。いやぁ、あれは"勇退"でしょう! あと僕たちが前説を担当してきた中で、印象に残っているのは、小堺さんの家に遊びに行かせてもらったこと。すごい豪邸なんですけど、小堺さんは別に『マイホームを建てるんだ』っていう目標があって建てたんじゃないんですって。仕事を黙々とやっていたら、いつの間にか家を買える財力があったという風に言っていたんです」

黒川「かっこいい話ですよね。小堺さんのお宅は、地下に趣味部屋っていうんですか? 映画を見る大スクリーンを用意した部屋なんかもあって、本当にすごいお宅でした」

■「お前たち、いつまで裏方にいるんだ」

芸人がシビレた小堺一機の一言とは?>>


前説18年半で培った名人芸を披露>>


山本「前説の卒業が決まったのは、僕と小堺さんの大ゲンカがきっかけ(笑)。18年半のうちに、最初のころは小堺さんに近づくのも恐れ多かったのが、飲みに誘ってもらえるようになって、だんだん小堺さんの隣に座れるようになったり、一緒に笑い話や仕事の話もできるようになっていった。で、最後は小堺さんが僕らの背中を押してくれた」

黒川「ケンカっていうか、檄(げき)を飛ばしてくれたんですよ」

山本「『お前たち、いつまで裏方にいるんだ。前説があればいいと思っているんじゃないか。表舞台に出てやるって気持ちがないとダメだぞ』って。それで翌日プロデューサーに前説辞めますと伝えたら、小堺さんが『そんなにすぐ辞めるやつがあるか!』って」

黒川「『卒業しろって言ったけども』って(笑)。それで話し合って、新学期のころに"卒業"という形にしようと」

山本「小堺さんに『前説っていう仕事をナメている』って言われちゃってね。だから『テレビのオファーが来たときに、前説があるからって断るくらい真剣にやっているんですよ!』って言い返したら、『それはテレビ受けたほうがいいよ!』ってね(笑)」

黒川「今思えば本当にそうだわ!」

山本「前説って、セットとかゲストの方の準備次第だから時間が決まっていないんですよ。だから終わりって言われたときに、すぐオチに持っていくための練習になりました。あとフリートークでは大体『僕らこの1週間こんなことあったんですよ』って話をしていたんですけど、1起こったことを3にも4にも5にもできる話術は18年半の中で身に付いていきました」

黒川「こっちのフリートークの内容によっては、カメラさんや照明さん、音声さんがちょっと手伝ってくれるときもある。うちらの話の内容に合わせて照明を変えてくれたり。そういうスタッフとの遊び心も良い勉強になりました」

■ブレークに必要なのは"強運"

芸歴20年目の移籍に隠された感動秘話>>


山本「僕らは2013年から太田プロダクションに移籍したんですけど、お笑いの事務所になると、やっぱり変わりますねぇ! それをモノにできるかはさておき、チャンスが増えました」

黒川「前の事務所は基本的には音楽事務所だったんで、オーディションなんか全然数が違いますし、いろんな分野のオファーが来ます。上向きの状況で、移籍してからは一層仕事が楽しく感じるようになりました」

山本「ただ核となるバラエティ番組に進出できていないんで、大手のバラエティ番組には、やっぱり出てみたいです」

黒川「いろんな人に『売れてほしい』みたいに言ってもらえますけど、その言葉がプレッシャーになることはありません。もがいたところで良くならないのはわかるんで。そこは焦らずの方がいいのかなぁ」

山本「売れている皆さん口をそろえて言うのは、強運がないと上に行けないということですからね。ただ強運で次のステージに上がれたときに、どれだけ準備できていたかっていうのが芸歴なんだと思います。だから、ほんまに期待してください! お願いします」

「ごきげんよう」の客席の一体感がいつも不思議だった。観客たちは番組スタート時から「楽しくてたまらない!」という空気を発散させて、息ピッタリでポーズをキメる。和気あいあいとした雰囲気も番組の大きな魅力だったが、アンバランスは前説として全体のムードを作り上げるのに一役買っていた、縁の下の力持ちだった。最近では山本も黒川も舞台俳優としても活躍中。残念ながら「ごきげんよう」にゲストとして出演するという夢は叶(かな)わなかったが、いつか別の場で小堺と共演を果たしてほしいと期待している。

サムネイル
12月8日~18日より東京・ウッディシアター中目黒にて黒川出演の舞台が上演


その他の出演番組>>

・自分の参加した舞台から大物カップル誕生
・娘のSNSを複雑な心境で「いいね」する父
・結婚18年でラブラブな関係を続ける秘訣
・離婚後に全財産を失った芸人の大逆転劇

◆アンバランス
山本栄治(左)と黒川忠文(右)により1992年に結成したお笑いコンビ。「ライオンのごきげんよう」の前説を1993年10月~2012年2月の18年半担当した。2012年10月に事務所を円満退社してフリーで活動していたが、土田晃之の口添えによって、2013年2月に太田プロダクションに所属。俳優としても活動している。

12月8日~18日より東京・ウッディシアター中目黒にて黒川出演の舞台、BuzzFestTheater第4回公演『裏の泪と表の雨』(作・演出コウカズヤ)が上演。大阪西成区のお好み焼きを巡る兄弟の人情物語。
座右の銘は、山本が「面白い人がテレビに出ているんじゃない。テレビに出ている人が面白いんだ」、黒川が「遠回りしているんじゃない。これが僕に必要な道」。

(取材・文/原田美紗@HEW

トレンドニュース「視線の先」 ~築く・創る・輝く~
エンタメ業界を担う人が見ている「視線の先」には何が映るのか。
作品には、関わる人の想いや意志が必ず存在する。表舞台を飾る「演者・アーティスト」、裏を支える「クリエイター、製作者」、これから輝く「未来のエンタメ人」。それぞれの立場にスポットをあてたコーナー<視線の先>を展開。インタビューを通してエンタメ表現者たちの作品に対する想いや自身の生き方、業界を見据えた考えを読者にお届けします。

Facebookコメント
※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対してヤフー株式会社は一切の責任を負いません。
PR

最新記事

rss

もっと見る

本文はここまでです このページの先頭へ