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現在フリーアナウンサーの松田朋恵はフジテレビ時代、入社すぐに「TVプレイバック」で萩本欽一のアシスタントをを担当し、期待の新人として注目を集めた。しかし、同僚の野崎昌一アナウンサーと結婚(その後離婚)、将来を期待されながらも、わずか2年で退社している。
そんな彼女は、11月11日放送のTBS系「爆報!THEフライデー」で、かつて息子が不登校という悩みを抱えていたことを明かした。これまで公表していなかったが、実は壮絶な数年間をおくっていたのだという。この告白は、「TVプレイバック」当時の視聴者たちに驚きを与えた......。

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(GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 フリーアナウンサーの松田朋恵)


現代女性の間で、"結婚か、仕事か"の2択が一大テーマとなって久しい。母として、職業人として――。さまざまな人生の選択を乗り越えてきた松田は、語った「壮絶な数年間」とは。

■誕生日ケーキを投げられた「壮絶な数年間」

「息子をネタに飯食っている感じになるのが嫌で、不登校は公表していなかったんです。それでも『爆報!THEフライデー』で公にしたのは、息子が『不登校だったのは事実だし、いいよ』と言ってくれたからなんです。そう言ってくれるってことは、本当に立ち直ったんだなと思いました。

息子は27歳になったんですが、高1、2のときに私の離婚問題がきっかけで不登校がちになって、完全に不登校になりました。私だって戦争ですよ。怒鳴って起こそうとしても、泥のように眠っているし。心配すればするほど、俺なんか放っておけっていう態度。『学校行かないなら仕事しなさい』って言っても、『学校に行く意味も仕事する意味もわからない。俺は捨ててくれていい。ホームレスになって野垂れ死にでいい』って。死ぬ気もないくせにね。でもそう言われたら、私も焦ってしまって......。

結局高校は中退したんですけど、それでも他の高校に入り直して、大学には入学したんです。でも思ったような場所じゃなかったみたいで、こっちも中退しちゃって、また例のホームレス話が始まるわけですよ。そんな息子が変わったのが、行きつけのホルモン焼き屋さんでバイトを始めたこと。そのお店の人に相談したら、『ちょうどバイト募集しているから、やってみる?』って声をかけてくれて、息子も『このお店なら好きだから』って。それでアルバイトを始めたら、バイトの先輩から、働く意味とかいろいろ教えてもらったみたいで。それからバイトを1年間くらいしてから就活を始めて、今はやりがいのある仕事に就いています。

結構壮絶な数年間だったんですよ。口をきいてくれないこともあったし、誕生日ケーキを作っても投げられたり。それでも、『あなたのだらしない行為はダメだけど、あなたのことは愛しているよ』というのは、私なりに伝えてきたつもりです。この前息子が『捨てられなくてよかった。おふくろの作る飯はうまかった』って言ってくれました。捨ててくれって言っていたのにね(笑)。私は良い母親じゃなかったかもしれないけど、大事にしたいという気持ちは伝わっていたんだなと。愛情を伝え続けるって大事なんだなと思いました」

■"○○ちゃんのママ"ではなく"松田朋恵"として

「フジテレビを2年で退社って聞いたら、皆さん『もったいない』って感じると思うんですけど、当時は結婚したら、相手も同じ部署ならどっちか異動する。妊娠出産になったら、辞めるか、アナウンサー以外の部署に異動するっていうのが当たり前だったんです。でも他に異動して、ディレクターとか制作に携われるならいいですけど、事務だったらフジに入社した意味は私にとってそんなにないかなと感じたので。となると、思い切って子育てを24時間体制でやるほうが後悔しないと思ったんです。将来子供がグレたときに、『あのとき私が仕事を辞めていれば......』みたいに思うのが嫌だから。

ただ、子供が幼稚園に入ったりして、少しずつ手が空いてくると、"〇〇ちゃんのママ"ではなくて、"松田朋恵"として社会に見られたいという思いが湧いてきたんです。育児とか家事をやっても誰も褒めてくれないし、お給料が発生するわけでもない。自分の能力を生かした何かをやって認められたいと考えたときに、じゃあ私にできることって言ったら、しゃべることかなと。それで、ちょうど上の子が小学校に上がるタイミングで、昔フジテレビのアナウンス部長だった方が、共同テレビでのプロダクション部門の立ち上げに携わったそうで、『所属してみない?』とのお声がけをいただいたんです。

とはいっても育児優先であることに変わりはありません。だから夜のスポーツニュースのキャスターのお話とかもあったんですけど、そういうのは断って、子供たちが小学校に行っている時間帯の仕事を受けるようにして。確かに『あの仕事を断っていなければ......』と考えたことはありますよ。でも一瞬クヨッとなっても、クヨクヨまではしない。"たられば"の話で後悔しても仕方ないですからね」

■仕事と結婚は2択問題じゃない

「"仕事か、結婚か"で悩む人は多いですが、同じ天秤(てんびん)にかけられることじゃないと思うんですよ。仕事は仕事、結婚は結婚。どっちも大事だけど、どっちも100の力じゃできないから、どういうバランスでやるべきかと考える問題じゃないでしょうか。本来2択問題じゃないところを2択と思いこんでしまっている。何事も私、さじ加減だと思うんですよね。それぞれの夫婦で話し合って、自分たちに合ったバランスを見つけてもらいたいです。

私には"後悔したくない"っていう気持ちが根底にあるんでしょう。息子のことも、フジを退社したことも。どうせ後悔するなら、こっちの道で後悔したいと思える方を選ぶようにしています。自分で決断することが大事なんです。自分で決めたら何が起きても自分のせいで、他人のせいじゃないから。自分で決めたら覚悟が持てるんです。

野球のキャッチャーって1試合に180回くらい決断しなきゃダメじゃないですか。カーブとかシュートとか内角とか外角とか高めとか低めとか。間違っているかもしれないけど、打たれちゃうかもしれないけど、決断して、ピッチャーにサインを出さなきゃ試合が始まらないじゃん。そういう感じ。......偉そうに言っていますが、私、結構失敗していますからね(笑)。でも失敗しない人はいませんから。間違っても、じゃあ次は失敗しないように頑張ろうって思えばいいだけですよ!」

終始明るく軽い語り口ではあったが、その言葉には、実際に問題を乗り越えてきた人間の説得力があった。後悔しないために、すべての問題を自ら選択していくこと。責任を自分で背負うというのは重いことでもあるが、だからこそ大胆に軽やかになれる部分もある。働く女性に限らず、松田の生き方から学ぶところのある人は多そうだ。

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◆松田朋恵(まつだ・ともえ)

1963年3月12日生まれ、東京都出身。1985年、フジテレビにアナウンサーとして入社。1987年に退社。のちに共同テレビジョンに所属して、現在はフリーとして活動。フジテレビのアナウンサースクール「アナトレ」講師の他、日本カウンセリング協会認定臨床心理カウンセラー、フラワーサイコセラピスト(クライアントがアレンジした花を見て、心理分析を行う)としての顔も持つ。講演やフラワーサイコセラピーに関する問い合わせは、自身が代表を務める「W.moon」公式Facebookページなどから受け付けている。
座右の銘は、「一球入魂」。

(取材・文/原田美紗@HEW

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