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「蟻台上に飢えて月高し」

大正から昭和にかけて活躍した新感覚派の作家・横光利一の句である。
本人が最も好んでいたと伝わるが、"孤高"の潔さを示す句として、死後も多くの人に影響を与えている。

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香里奈, Jan 12, 2017 : 連続ドラマ「嫌われる勇気」の舞台あいさつ(写真:MANTAN/アフロ)


フジテレビドラマ『嫌われる勇気』に出演する香里奈にインタビュー>>

香里奈主演の『嫌われる勇気』を見ていると、なぜかこの句を思い出す。孤高を行く難しさと、それに徹する生き方の凛々しさを感じるからだ。

ドラマの主人公・庵堂蘭子を演ずる香里奈は、15歳でモデルとして人気を集め、その後多くのドラマで主役やヒロインとして大活躍した。ところが14年にスキャンダルが発覚し、テレビでの出番は激減した。そんな彼女の次のステージを目指す作品として、「嫌われる勇気」つまり"孤高"を行く覚悟がテーマのドラマはぴったりと感ずるのは筆者だけだろうか。

ドラマは「アドラー心理学」に基づいている。
アドラーは、トラウマによる支配を否定した上で、「人間の悩みは、全て対人関係の悩みである」と断言。他者からどう思われるかは、自分にはコントロールできない「他者の課題」であり、自分の課題と他者の課題を切り離す「課題の分離」で、人は対人関係の悩みから解き放たれると説く。
他者から嫌われることを恐れない「嫌われる勇気」を持ちえたとき、人は初めて自分だけの人生を歩みはじめることができるという。まさに"孤高"を行くことの大切さである。

ただしドラマ自体は、序盤で苦戦を強いられている。
初回視聴率8.1%は、1月クールのGP帯ドラマの中ではワースト2だ。しかも第2話は、さらに1.7%落として6.4%となってしまった。
ネット上では、「2話視聴率は6.4%と大ピンチ!」とか、「視聴率急降下もスキャンダル以前の問題!? 真の要因はフジテレビの"現在地"」など批判記事が飛び交っている。「上昇の見込みがありません」「すでに"打ち切り対象"という声すらもある」など、容赦ない声が散見される。

しかし本当に、そこまでボロクソに言われるべきドラマだろうか。
数字が悪いのは、"大衆受け"しにくい"孤高"ドラマゆえの宿命と筆者には見える。さらに言えば、低迷するフジテレビが、流れを変えるためにあえて難しい路線を狙って来ている。その勇気は称賛に値するとすら言える。

ドラマの主人公・庵堂蘭子(香里奈)は、アドラーの心理学をそのまま生きる。「私は、私のために生きる」と、思ったことを隠さず、体裁を気にせず、「なんとなく周りに合わせる」ことは決してしない。

そんな蘭子が所属する捜査一課に、新人刑事の青山年雄(加藤シゲアキ)が、係長の半田陽介(升毅)の命令で、蘭子と組んで捜査に加わる。蘭子は携帯を持たず、捜査会議に出席せず、遺体を解析した医師の見解も、自分で確かめなければ鵜呑(うの)みにはしない。要は捜査一課で最も嫌われている存在だ。
事実上連絡係となった新人の青山は、蘭子に翻弄(ほんろう)され、警視庁コンサルタントの心理学者であり帝都大学教授の大文字哲人(椎名桔平)を訪れる。そこで「蘭子を知るためには、アドラーの心理学を理解しなければならない」と言われ、「嫌われる勇気」を学び始める。

データニュース社「テレビウォッチャー」は、ドラマを自発的に見た人々から、満足度など質的評価を抽出している。この調査で見ると、同ドラマの初回満足度3.09・第2話3.02と、今クールGP帯ドラマの中では最低クラスだ。初回を見た人の半分近くが2話目を視聴しなかった点も、去年1年間GP帯で放送された約50本のドラマと比較してもかなり悪い。
しかしそれは、同ドラマがあえて"孤高"を行くと決めたことに由来しており、ドラマ制作がまずいせいだけとは思えない。事実、「テレビウォッチャー」モニターの評価と声には、大衆受けしない理由が散見されている。

「少し内容が、心理学が深くてわかりにくい」男44歳
「新番組なので観ましたが、少し理解に苦しむ場面がありました」女65歳
「こうありたいが難しいテーマですね」女68歳
「事件解決も面白いが、アドラー心理学の説明が面白い」男36歳

これまでにない"刑事ドラマ×アドラー心理学"の関係性にハマる人もいるが、難解さゆえ「ついていけない」と途中で離脱する人が多いのである。
例えば第2話では、「絶対に消えないペン」などのヒット商品があるメーカーの執行役員の転落死事件がテーマ。ひどい上司の下についた彼女が自殺して、その報復のための殺人だったという展開だ。ラストで犯人に対して庵堂蘭子(香里奈)は厳しく断罪する。
「あなたはただの犯罪者です。人殺しを美談にすり替えないでください」
「死ぬくらいなら、嫌われればよかったんです」

この展開に対しても、「分かり難い」とか「面白くない」という声は少なくない。
ただし高く評価する声や、深く反応する視聴者もいた。

「嫌われる勇気は、必要だなと思った」女36歳
「ひとつひとつの言葉が胸に刺さります」女53歳
「自分に自信無いと、何が起こっても変わらない事にして眼をそむける・・・現在もそこらじゅうで起きていますよね!」男68歳
「変わる努力をしない人は、何かと自分に言い訳をつけて楽な現状を維持しつつ逃げているだけ。自分にもよく当てはまるので痛いところを突かれた。ただのドラマと侮ってはいけない・・・」女33歳

このまま行くと、たぶん当ドラマの記録は散々だろう。ただし一部の人々の記憶に残る名作になる可能性がある。
「蟻台上に飢えて月高し」
この句の凛々しさと潔さを評価する少数派には、ぜひお勧めしたいドラマなのだが......

文責・次世代メディア研究所代表/メディア・アナリスト
鈴木祐司

1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。現在、Yahoo!ニュース個人に寄稿する。

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