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元いいとも青年隊の岸田健作が、現在ミュージシャン、俳優、タレントとマルチな活躍を見せている。4月放送の日本テレビ系「ナカイの窓」で、過去のホームレス経験などについて語って話題になったが、「整形しているんじゃないか」といった疑惑も持ち上がってしまった。岸田が語る真相は!?

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(GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 俳優・タレント 岸田健作)


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■整形疑惑&セクシー男優デビューのうわさを完全否定

岸田は1997年、10代目いいとも青年隊"With T"としてデビューするも、2005年に芸能界を引退し、なんと1カ月間のホームレス生活を経験した。2011年に活動復帰しており、今年4月12日深夜放送の「ナカイの窓」では、これまでの芸能生活を振り返って話題を呼んだ。しかし、同番組に出演したことをきっかけに整形疑惑が持ち上がってしまったという。ネット上では、セクシー男優デビューするとのうわさまでまことしやかにささやかれている。

「(かけられている)疑惑すべて粒が濃いんですよね(笑)。まず整形については、していないです! 僕はこういう性格なんで、整形していたら正直に言います。『笑っていいとも!』に出ていた頃は、黒人になるのが夢で日焼けサロンに通っていたんですが、今はヴィジュアル系メイクをしているし、痩せたこともあってイメージが変わっただけだと思います。あと、セクシー男優デビューも絶対ないです」

「ナカイの窓」に出演することが決まったとき、家族は大喜びで、寿司(すし)パーティーでお祝いをしたらしい。芸能界ではどんな反応があったのか。

「ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんが、プライベートでも気にかけてくれていて。『ナカイの窓』の出演が決まったときに報告したら、『あまり緊張せずに、普段通り気楽に頑張れよ。おまえらしく』とすぐにお返事をいただきました。あと一応元カノだしmisonoにも報告しようかなと思ったんですけど、連絡先が変わっていました。新しい"相方"が見つかったみたいですからね(笑)」

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■過酷なホームレス生活、"先輩"とのトラブルも

デビューしてからは順調な芸能生活を送ってきた岸田だが、自ら芸能界を引退してホームレス生活を経験することを選択した。なぜ芸能界を去ったのか?

「そもそも何かを志して芸能界に入ったわけではなかったんです。これといってやりたいことがずっとなかったんですよ。でも、年齢を重ねるうちに、自分には芸能界に対する信念なんてないし、やりたいことも、芸能の力もないというのがジレンマになってきたんです」

芸能界を去ってホームレス生活を始めるとは突拍子もない考えだが、岸田なりの目的があった。

「ホームレスをするなら、代々木公園でと決めていました。代々木公園はいつもストリートミュージシャンや芸人が練習しているので、そんな"芸"を磨く人から刺激を受けようと思ったんです。100円のお菓子を買って、それを食べながらミュージシャンや芸人さんを見て勉強していたんですけど、3、4日もして、数千円の手持ちがなくなると、おなかを満たすことが一番の軸になってしまいました(笑)」

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常に空腹と戦ってきたホームレス生活。食事を手に入れるために、ときには"先輩"ホームレスとのトラブルもあった。

「公園にいる人に『すみません、何かお恵みいただけませんか?』と声をかけたんですけど、自分が岸田健作だとバレたくなくて、ちょっとアゴをしゃくれさせて声をかけていました(笑)。あとお昼時にはベンチに食べかけのパンが置いてないか探したり、ゴミ場を漁っていました。でも"先輩"ホームレスの間で縄張り的なルールがあったみたいで、先輩に怒られて投げ飛ばされたことがあります。それからはゴミ箱を漁るときも、並ぶか時間をずらすようにしました」

捨てられていた弁当を食べて、嘔吐(おうと)と下痢が止まらなくなってしまったこともある。そんな過酷なホームレス生活を続けること約1カ月。ようやく芸能界に戻りたいと思うようになったのは、"カホン"という打楽器に合わせてダンスを踊るユニットを見たことがきっかけだ。

「その2人を見て、自分がもともとダンサー志望だったことを思い出したんです。原点回帰して、生演奏にダンスを合わせたい、そのためにまずバンドを組もうと思い立って、ホームレスをやめることにしました」

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■下積み期間がなかった芸能生活

デビュー前から雑誌の読者モデル、そしてダンサーをしていた岸田。いいとも青年隊になったのは、偶然の出会いがきっかけだったらしい。

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「ダンス仲間2人と出場したコンテスト会場が六本木のとあるビルだったんですが、エレベーターに乗り込んだら、スタッフに囲まれたタモリさんがいたんです。それで本人が横にいるのに、仲間たちと『超タモリじゃね?』とはしゃいで(笑)。その後コンテスト終わりに控室にいたらスタッフの方が来て、『いいとも青年隊に興味ない?』と誘われたんです。でも当時、仲間たちとマライア・キャリーのバックダンサーになるのが夢だったから断っちゃったんですよ。でも家に帰ってから、母親にスカウトされたことを軽く話したら、『あんた、それすごい会社よ!』と。次の日に連絡を取って、お会いしたところからスタートしました」

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偶然の出会いでデビューを果たし、いきなり大人気番組「笑っていいとも!」に出演することになった岸田にとって、芸能活動の上で"下積み"と言える期間はなかった。復帰した今となっては、あのホームレス生活が下積みといえる時間だった。

「ホームレスを辞めてからのバンド活動も、バイトをしながらでした。世間知らずのままでいたら、今の仕事すべてにありがたみを感じずに過ごしていたと思います。だから、あのまま活動を続けていたとしても、きっと何か失敗したときに大ダメージを食らうことになっていたんじゃないかな。一度引退してゼロから経験してきてよかったと思っています」

それだけに今はプライベートよりも、仕事を大切にしたい。

「恋愛面はまったくないんです。相手を一番に守っていかなきゃいけないお付き合いになる年齢ではありますが、今は自分でいっぱいいっぱいになっちゃってますね(笑)。仕事においては、タレント業も、バンドや舞台のプロデュースといった自分で作っていく仕事も、どれも全部大切に、諦めずにやっていこうと思っています」

◆岸田健作
1978年11月8日生まれ、東京都出身。1997年に10代目いいとも青年隊"With T"としてデビュー。芸能界を一度引退した後、2011年に主演映画『COOL BLUE』で芸能界に本格復帰。現在はKensaku Kishidaとしてソロプロジェクト「Ash Berry」、ヴィジュアル系ダンスロック・バンド「RoViN」のボーカルとして活躍中。
座右の銘は、故・桜塚やっくんが口にしていた言葉「みんな笑顔でHappy」。


その他の出演番組>>

・デビュー前からモテた元いいとも青年隊
・いいともデビュー前の失礼過ぎる振る舞い
・テレフォンショッキングで友達を間違えた男
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(取材・文/上西幸江@HEW

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