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天才ヴァイオリニストと称される五嶋龍が、6月17日放送のTBS系「サワコの朝」にゲスト出演。音楽一家で育った苦悩や嫉妬の心から始めたヴァイオリンで得た称賛、そんな非凡な生き方を語った。

NYで生まれ、3歳でヴァイオリンを習い始め、7歳でコンサートデビューを果たした五嶋龍(ごとう・りゅう)。
姉・みどりも2014年グラミー賞 最優秀クラシック・コンペンディアム賞を受賞するなど、世界的なヴァイオリニストという音楽一家に育った。
2003年9月11日には、あの同時多発テロの現場グラウンド・ゼロのメモリアル式典で演奏し、同じ年にドイツの名門クラシックレーベル・グラモフォンと専属契約をしている。かの天才指揮者ロリン・マゼールもトップヴァイオリニストと認める存在である。

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バイオリン イメージ画像(写真:アフロ)


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■英才教育に徹した母

そもそも母・節(せつ)がすごい。
5歳でヴァイオリンを始め、大学のオーケストラではコンサートマスターを務め、在学中から映画音楽の録音や歌謡曲伴奏の仕事をバンバンこなしていた。ドイツ留学試験やオーケストラ入団試験にも合格したが、家族に反対され、最終的にはヴァイオリンを取り上げられてしまう。
小さい頃から型破りな性格で、学校や教師との衝突が絶えず、「とにかく落ち着かせよう」と母が決めた相手と、ヴァイオリンを返してもらう交換条件で、22歳で見合い結婚をしてしまった。

そして誕生したのがみどり。
3歳の時から厳しいヴァイオリン指導を自ら行い、非凡な才能に気付いた節は、夫や家族の大反対を押し切って、とっとと渡米してしまった。NYのジュリアード音楽院で指導を受けさせるためで、母娘2人だけのNY生活が始まった。ところが英語は話せない。学費こそ免除されたが、肉も果物も食べない、コートも買わないという困窮生活が続いた。
そして間もなく夫と離婚。愛情はすべてみどりに向けたので、当然と言えば当然の成り行きだろう。
その後に龍が生まれ再婚した。

■非凡な家庭で育つということ

龍も3歳からヴァイオリンを習い始めた。母のレッスンはとても厳しく、龍は「毎日嫌だ・つらい」と思っていた。ヴァイオリンを始めたのは、「姉がサイン会で皆にチヤホヤされているのをみて、何が俺には足りないのか?」「楽器を持てば......嫉妬の心から始まっていた」という。音楽一家に生まれ育つと、自分の居場所の見つけ方も普通とは全く異なるようだ。

95年、7歳の時にコンサートデビューを果たした。佐渡裕が指揮するパシフィック・ミュージック・フェスティバルだった。演奏したのはパガニーニの難曲「ヴァイオリン協奏曲第1番」。
「全く楽しんでなんかなかった。あんなに難しい曲は弾いたことがなかった。とにかく無心」
「間違えちゃいけないということすら考えていない。頭の中は真っ白だった」というのが7歳の天才少年の本当の思いだった。
それでも「これから15年ぐらいは、演奏家であることの魅力は認めてもらうことと思っていた」と、ヴァイオリニストとしての方向性が決まった瞬間だったという。それにしても、非凡であり続けるのは何と厳しいことだろう。

■平凡に触れ非凡な道が確立!?

やがて天才ヴァイオリニストの姉弟の生活に、転機が訪れる。
クラシックの家庭で育つと、クラシック以外の音楽の存在を全く意識せずに暮らしてしまう。NYの五嶋家にはテレビこそあったが、放送は一切見られなかった。ビデオを再生するためだけのテレビだったのである。

そんな龍はある日、同級生がエレキギターを弾く場面に出くわす。「あれっ」という違和感があった。「宇宙から音楽が聞こえてきた」と思えるほどの衝撃だった。
『サワコの朝』では、ゲストが2曲選んで紹介する。
五嶋龍が選んだ1曲目、記憶の中で今きらめく曲は、Nirvanaの「Smells Like Teen Sprit」(1991年)だった。 
「衝撃的だった。1音目から逃げられなかった。いったん、空間に吸い込まれると出られない」。クラシック以外で、音楽のパワーを実感した瞬間である。

ちなみに龍は7歳から空手も始めており、三段の腕前を持つ。
実は小さい頃は体も小さく、学校ではいじめられていた。ところが、成績が良く、空手が出来、ヴァイオリンが得意という自らの力で、いつのまにか一目置かれる存在になっていく。
平凡な人々の中で、非凡さが一層磨かれて行ったと言えよう。

■龍の音楽へ

母・節の厳しい教育と、姉・みどりという世界的なヴァイオリニストの壁。
そんな中で、龍独自の音楽世界を作り上げていくのは容易ではなかったようだ。
「姉を乗り越えるのは諦めた。勝負をしても仕方ない。自分に素直に自分の音楽を弾くしかない」と、やがて龍は独自路線を行くようになる。
みどりが学んだジュリアード音楽院にも行かなかった。正統派の道を歩きたくないと考えたようだ。
「こういうことを言うから嫌われるが、(正統派の)狭い道を歩んでいく人々を見ていると、絶対こうはなりたくないと思った」と言い切る。狭い道へと自らを追い込んで、結局10~15年を失って、人生が壊れて行く人を何人も見て、無意識的に拒絶したそうである。

代わりに龍はハーバード大学に入学し、物理学を専攻する。
「自分のやりたいことをやろう。これは音楽に対する反抗だった」
音楽が龍を乗っ取り、統治し、巻き込み、魅了する。自らの存在を保つ余地を担保しようとしたようだ。

音楽一家に生まれ育ち、英才教育を受けて非凡な才能が開花しながらも、一直線には天才ヴァイオリニストの道を自ら選択しなかった五嶋龍。
実はこの選択が、結果的に彼の音楽を奥行きの深いものにしている。
例えば、手先が大切なヴァイオリニストにとって一見マイナスに見える空手は、演奏する上で大きな意味を持った。
「(演奏直前に)大丈夫だ! こんなにうまく弾ける男はいないと自分で思えないと舞台に立てない」
「口にすると、嫌なやつ、傲慢(ごうまん)なやつと思われるが、自分が自分を好きになれないと、観客に好きになることを要求できないんです」と一流の演奏家の条件を説明する。一流のアーティストやアスリートの中では、技術・身体能力でずば抜けた人はいない。最後は精神の勝負だと断定する。

番組では、"今、心に響く曲"として、ドヴォルザークの「我が母の教え給いし歌」を選び、五嶋龍自ら演奏して見せた。自由に弾けるところ、開放感、母の愛があふれる曲だという。
「(母には)ずっと生きていて欲しい。ずっと一緒に。大きな家族で宇宙を見て欲しい。自分のために行って欲しい」という言葉も添えて演奏を始めた。
母・節から始まった非凡な音楽人生は、聴いているとこの一曲に非凡な生き方が凝縮されていると言っても過言でない。

音楽的には姉・みどりの方が技術や才能は上という評判だ。ところが龍の音楽は、聴かせる力に満ちている。そんな評価が納得できる小品に番組は見事に仕上がっている。

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文責・次世代メディア研究所

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