ここから本文です

1966年から72年、この6年間に2度も人々の脳裏に鮮烈な印象を残した歌手、それが山本リンダだ。
66年はデビューシングル「こまっちゃうナ」を引っさげ、すい星のごとく登場した。お人形さんのような容姿と鼻にかかったようなカワイイ歌い方が受け、100万枚の大ヒットを記録。
まさにすい星のごとく、その後ほどなくテレビから姿を消したが、72年に今度は"カワイ子ちゃん"から一転、それまでの日本では例のない"ヘソ出し"ルックの大胆な衣装で、"セクシーな大人"の歌手にイメージチェンジして再登場した。
この間の落差には、実は山本リンダの人生における恍惚と不安が凝縮されている。12月23日放送の『サワコの朝』での彼女のトークは、そうした人生のさまざまな局面が透けて見えるようだった。

サムネイル

Woman's stomach pants at angle.(写真:アフロ)


山本リンダ、人生における恍惚と不安......ドラマチックな人生>>


■「こまっちゃうナ」誕生秘話は子ども時代の一言から

山本リンダ(旧姓は山本あつ子、現在は稲葉あつ子)は、1951年北九州市の生まれ。
父親はアメリカ人、母親は日本人のハーフ。父親はアメリカの軍人だったが、山本が1歳の頃に朝鮮戦争で戦死。その後、女手一つで育てられ、家庭は非常に貧しかったという。

番組ではゲストに2曲選んでもらっている。
その1つ、「記憶の中で今でもきらめく曲」では、山本は岸洋子の「夜明けのうた」(作詞:岩谷時子/作曲:いずみたく)を選曲した。子供の頃からシャンソンに憧れ、テレビで越路吹雪の舞台中継を見ては、「こんなカッコイイ歌手になりたい」と思っていたという。
ところが現実は、貧しさとハーフであるために虐められ、つらい幼少期を過ごしていた。それでも母に楽をさせたいと思い、活動するようになった。そして62年(小学6年生の時)にモデルのオーディションに応募。これがきっかけで、人気モデルとなった。

モデルとしては順風満帆だったが、子供の頃から歌手になることを夢見ていたため、事務所の社長が遠藤実に会わせてくれた。そこで「ボーイフレンドはいるの?」と聞かれ、コチコチに上がっていたため、思わず「こまっちゃうナァ~」と返したのがデビュー曲になった。遠藤実はその言葉があまりに印象的だったため、家に帰る車の中で1曲作ってしまったという。
ちなみに「こまっちゃうナ」で『NHK紅白歌合戦』に初出場しているが、「スカートが短すぎるよ」と苦言を呈されていたそうだ。実は山本リンダは当時、「ミニスカートの女王」ツイッギーと会っていて、"ジャパニーズ・ツイッギー"とも言われていた。トレードマークのミニスカートを止める気は全くなかったそうだ。

■セクシーなファッションと激しい踊り、「どうにもとまらない」で再登場

貧困から一躍スターダムにのし上がったが、その恍惚は長くは続かなかった。
デビュー曲「こまっちゃうナ」大ヒット後はヒットに恵まれず、人気は低迷した。以前のような不安な日々に戻ってしまった。
ところが71年にリンダプロジェクトが出来、彼女をもう一度ヒットさせようとなった。そこで登場したのが、都倉俊一作曲・阿久悠作詞の「どうにもとまらない」だった。
ただし山本は、久しぶりの名曲にうれしくて、レッスンで笑顔で歌ってしまい、都倉に怒鳴られたという。

「この曲を笑顔で歌うやつがあるか」
「口は横ではなく縦に開け」
「腹の底から声を出せ」
「もっとにらめ、にらみつけろ~」

当時の日本は男尊女卑で、女は男に従う位置づけだった。ところが都倉は、「本当に日本が平和になって、良い時代になるためには、女性がノビノビしていなけりゃいけない」「今の状態のままでは駄目」と考え、リンダプロジェクトで次の方向を示そうとしたという。
女が男に媚(こ)びたりせず、自分らしく、「私についていらっしゃい~」というような存在を目指した歌だったのである。
セクシーなファッションと激しい歌と踊りで、「どうにもとまらない」は瞬く間に大ヒット。山本はこれで「アクション歌謡」の先駆けとなり、後のピンクレディーなどに路線は受け継がれていく。

ちなみに山本はこの曲で『紅白歌合戦』に2度目の出場を果たしているが、NHKとの間では"ヘソ出し"を巡る攻防があったという。
番組出演で同曲を初めて歌った時、「ヘソを隠すよう」と要請され、仕方なく腹まで隠れる格好にした。ところが感じが出ないと考えた山本は、出演2回目で結び目が大きいブラウスを着用し、リハーサルで軽く踊り「結び目でヘソが隠れるから」とNHKを説得した。そして本番では、いつも通り激しく踊ったのでヘソがはっきり映ってしまった。これがきっかけで『紅白歌合戦』では何も注意されず、堂々とヘソだしで歌ったという。不安から恍惚へと、人生の振り子は再び揺り戻していた時期である。

■現在の山本リンダ

「どうにもとまらない」の後は、「狙いうち」「きりきり舞い」など何曲かのヒットを出すが、次第に表舞台での存在感を失っていく。そして山本の楽曲がカバーされたり、アニメ『ちびまる子ちゃん』で弄られたりで話題になり、91年に久々の『紅白歌合戦』出場を果たしている。通算5回目だった。

番組内では2曲目の「今、心に響く曲」として、ジョン・レノンの「LOVE」(1970年)を選んでいる。2001年に結婚し、今は愛ある生活を送っていることが見えてくる。
それでも健康とスタイル維持のため、普段から体を鍛えることと脳トレになる動きを意識的にやっているという。「こまっちゃうナ」と「どうにもとまらない」の間の、恍惚と不安はやはり今も続いているようだ。ただしこれが、緊張感のある豊かな暮らしを支え、そして66歳となった山本の人間の幅を作り出しているように見える。
両極端な傑出をやって見せ、心の中に恍惚と不安と共生してきた山本リンダ。その半生が『サワコの朝』の30分のトークの中に見事に凝縮されている。一見の価値ある小品といえよう。

【無料配信】山本リンダが登場!トーク番組「サワコの朝」最新話を配信中>>

文責:次世代メディア研究所

Facebookコメント
※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対してヤフー株式会社は一切の責任を負いません。
PR

最新記事

rss

もっと見る

本文はここまでです このページの先頭へ