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ロシアW杯の試合結果を次々と的中させ、"半端なく当たるサッカー解説者"として脚光を浴びた岩本輝雄。かつて"代表の10番"を背負った天才レフティーは、日本の戦いぶりをどのように評価したのか。親交の深い森保一・現日本代表監督とのエピソードを交えて、溢(あふ)れるサッカー愛を語ってくれた。

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(GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 "半端なく当たるサッカー解説者"岩本輝雄)


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■最悪の試合がベストゲームへの布石だった

――W杯前はネガティブな空気が漂っていたサッカー日本代表ですが、終わってみればベスト16に進出。岩本さんは戦前から「初戦のコロンビア戦は勝てる」「決勝トーナメント進出は問題ない」と断言されていましたが、その根拠はどこにあったのでしょうか?

岩本:「ロシアW杯の日本代表はディフェンスが非常にしっかりしていたので、コロンビアが相手でも大量失点はないと分析していました。プレミアリーグで継続的にプレーしている吉田麻也はもちろん、長友佑都や酒井宏樹も1対1に強い選手。吉田の相方として昌子源を起用した西野朗監督の眼力もお見事でした。序盤で相手が退場するなどラッキーな面もありましたが、仮に11対11のままで戦ってもいい勝負ができたんじゃないかな」

――セネガルに引き分けて勝ち点4で迎えたポーランド戦では先発メンバーを大きく変更。0対1でリードされている中でのボール回しが大きな議論を呼びました。

岩本:「W杯全体のワーストゲームでしたね(笑)。会場のヴォルゴグラード・アリーナで見ていましたが、最後の10分間はブーイングが本当にすごかった。個人的には、露骨な時間稼ぎよりも西野監督がスタメンを6人変えたことに驚きました。

とはいえ、ポーランド戦で主力を休ませたからこそベルギー戦で最高の試合ができた、というのも事実です。大会中のロシアは予想以上に暑かったので、最初の2戦を全力で走り抜いた選手たちの体力面は相当キツかったはず。そういったコンディションの部分も含めて、メンバーチェンジは西野監督の大きな賭けだったんでしょうね」

――そして運命のベルギー戦。岩本さんはこの試合も現地のロストフ・アリーナで観戦されていましたが、どのようにご覧になりましたか?

岩本:「結果は残念でしたがベストゲームだったと思います。日本代表の全員を褒めてあげたいところですが、やっぱりMVPは乾貴士。カットインからのシュートという明確な得点パターンを持っているのは乾だけでしたから。バイエルン・ミュンヘンのアリエン・ロッベンやフランク・リベリーのようでしたね。柴崎岳も同じくらい素晴らしかった。彼らは普段から世界最高峰のスペインリーグでプレーしていることもあって、ベルギーが相手でもあまりプレッシャーを感じていないように見えました。

ただ、本気になったベルギーはケタ違いでした。戦術もすごくシステマチックだったし、マルアン・フェライニやロメル・ルカクの絶対的な高さはどうしようもない。僕としては高さへの対策として鹿島アントラーズの植田直通を起用してほしかったんですが......。試合後には森保さん(現日本代表監督・コーチとしてW杯に帯同)とも話をしました。お互いに悔しさは拭えなかったですね」

■伝説のゴールは「監督に対する挑発」

――お話に出た森保監督と岩本さんは、日本代表はもちろん京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)やベガルタ仙台でもチームメイトでした。20年以上の付き合いですが、どのような間柄なのでしょうか?

岩本:「現役時代からすごく仲良くさせてもらっていて、今でもしょっちゅう電話しますよ。解説者として監督目線の話を知りたくて、選手のマネジメントについて『モチベーションの上げ方は?』『連敗が続いたときはどうフォローする?』といった話を細かく聞いています。やっぱりトップの監督の話はすごく勉強になりますね。ちなみに現役時代は、僕が免許を持っていなかったので森保さんが毎日僕の家まで車で迎えに来てくれていました」

――仲の良い先輩後輩とは伺っていましたが、今となってはすごいエピソードですね(笑)。

岩本:「世代的には森保さんが4歳上なんですけど、当時から『テルの方が年上みたいだ』ってよく言われていました(笑)。でも、移動中の車中の時間ってすごく大事なんですよ。そこでコミュニケーションをとって、チームメイトとして相互理解を深めていくわけです」

――盟友・森保監督の現役最後のシーズンとなったベガルタ仙台時代の2003年には、伝説のフリーキックとして語り継がれる超ロングレンジからのスーパーゴールがありました。

岩本:「今だから言いますけど、あそこは本当ならシュートを蹴ってはいけない場面だったんです。距離も遠かったし、監督のベルデニックさんからすごい形相で『外にパスを出せ!』と指示が出ていました。完全に無視しましたけどね(笑)。あの試合ではスタメンを外されていたので、監督に対する僕なりの挑発のつもりだったんです。そんな怒りを込めて思い切り蹴ったら入ったので、まあ結果オーライかな」

――あのゴールにそんなエピソードがあったとは......。指示を無視することで「干されるかもしれない」という考えは頭をよぎりませんでしたか?

岩本:「プロは結果がすべてなので、干されたら干されたで構いません。現役時代も今も、とにかく僕は自由でいたいんですよ。W杯の予想にしても、世間が日本代表に対して悲観的でも『空気を読まなきゃ』なんてまったく考えませんでした。全員が全員、同じことを言う必要はないですから」

■"結婚できない男"のサッカー愛

サッカーよりAKBに詳しくなった元日本代表>>

――岩本さんは熱狂的なAKB48ファンとしても知られています。バラエティ番組などでも活躍されていますが、"結婚できないキャラ"として扱われることも多いですね。

岩本:「正直、根っからの自由人なので結婚の意味がよくわからないんですよ(笑)。取材やサッカースクールで海外にもしょっちゅう行っていますが、家庭があると気を遣うじゃないですか。40歳を過ぎたらいつ死ぬかわからないので、僕は後悔しないように生きたい。なら楽しいことをやるべきですし、それが僕にとってはサッカーなんです。AKBもプロレスも大好きですけど、やっぱりサッカーが一番ですね。そこはずっとブレていません」

――岩本さんほどの実績と情熱をお持ちであれば指導者としても引く手あまただと思います。いずれは森保監督のように自身でチームを率いてみたいという気持ちはありますか?

岩本:「いろんな人に言われますけど、実際にプロのチームを指揮するのはそんなに甘くないと思います。スポンサーもいるし、第三者の介入もありますから。どちらかと言えば、トップチームよりも高校生くらいの年代の選手をじっくりと教えてみたいですね」

とにかく今はサッカーが楽しくてしょうがないんです。バルセロナのようなチームの戦術を分析するのも楽しいし、もちろん自分でプレーするのも楽しい。これからも世界の最先端のサッカーを吸収して、僕なりのやり方でサッカー界に貢献したいと思っています」

◆岩本輝雄(いわもと・てるお)
1972年5月2日生まれ、神奈川県出身。横浜商大高卒業後、1991年にフジタ(現湘南ベルマーレ)に入団し、精度の高い左足のキックを武器にJリーグに加盟したチームの天皇杯優勝に貢献。ファルカン監督が率いた日本代表では10番を背負い、代表通算9試合2ゴール。2006年にはニュージーランドのオークランド・シティの一員としてFIFAクラブW杯にも出場した。現役引退後は解説者、タレントとして活躍中。AKB48と新日本プロレスの大ファンとしても知られている。
座右の銘は、「幸福度数が一番大事!」。

(取材・文/曹宇鉉@HEW

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