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1950年代に一大ブームを巻き起こした音楽グループ・マヒナスターズに在籍した過去を持ち、現在はムード歌謡漫談で活躍中のタブレット純。おっとりしたしゃべり口調と力強い歌声のギャップが魅力の彼が、その波乱に満ちた芸能生活を語ってくれた。

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(GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 タブレット純)


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■大ファンだったバンドに加入するも緊張で......

――マヒナスターズに所属することになった経緯をお聞かせください。

タブレット:「マヒナスターズのメンバーによるカラオケ教室に応募したのがきっかけです。僕は学生時代からずっと彼らの大ファンだったのですが、マヒナスターズが活躍していた時代は、1974年生まれの僕の世代よりもずいぶん前でした。なのでメンバーの方が、『こんな若いやつがファンなんて珍しいな』みたいな感じで僕に目をかけてくれたんです。その3カ月後くらいにメンバーに欠員が出て、『加入しないか?』という連絡が突然来たんです。大好きなバンドだったので、もちろん承諾しました。とにかく夢のようで状況がよく飲み込めていなかったです。

いきなり大好きなバンドに加入してしまった僕の緊張はすさまじかったです。憧れの人たちがいきなり"メンバー"になるんだから当たり前ですよね。なので、緊張をごまかすために、いつもお酒を飲んでステージに上がっていました。それも、ほろ酔いではなくて泥酔。記憶がなかったことも多々あります。今思えば、メンバーは見て見ぬフリをしてくれていたのかもしれません。楽屋もステージも相当酒臭かったはずなので(笑)。」

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(GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 タブレット純)


タブレット:「マヒナスターズは大人気のバンドでしたけど、僕が在籍していた2002年~2004年はそれほど仕事は多くなかった。よく当時の給料事情を聞かれるのですが、本当に全然で、僕はアルバイトをして生活していました。ただ、全盛期の話はよくメンバーから聞いていて、取っ払いで支払われる1日の給料が、お札が立つくらい多かったみたいです。

女性関係も派手で、いつも楽屋に大勢女性を連れ込んでいたみたいですよ。女好きのメンバーばかりで、呼び合っていたニックネームの由来は全部下ネタでした。とてもここでは口にできないような過激なものばかりです(笑)」

■いきなりお笑いのネタが作れるものなのか!?

――マヒナスターズに在籍していた期間は2年間ですよね。それ以降の活動は?

タブレット:「リーダーの和田弘さんが亡くなったことで、グループは活動休止状態になり、その後は、和田さんから頂いた田渕純の芸名で10年間くらいソロで音楽活動をしていました。スナックにふらっと行って演奏するいわゆる"流し"みたいなこともやっていました。盛り上がるとおひねりをくれるお客さんがいるんですが、これが意外ともらえるんですよ。下手したらマヒナスターズのときより収入が多かったかもしれません(笑)。

そんなある日、浅草の東洋館という寄席に歌手として出演することが決まりました。最初は芸人さんたちに交じって普通に歌っていたのですが、出番を重ねるにつれて少しずつモノマネなどの芸をするようになって行きました。その時期はちょうど歌手としての自分に居心地の悪さを感じていたので、ウケるという感覚がすごく快感だった。なので、東洋館では『お笑い芸人のタブレット純』を名乗るようにしたんです。そしたらすぐに今の事務所の人からスカウトを受け、その1カ月後くらいにはテレビ出演も決まりました。マヒナスターズのときもそうでしたけど、最初は環境の変化についていけませんでした」

――ずっと音楽活動をしていて、急にお笑いのネタは作れるものなんですか?

タブレット:「実は、テレビに出るきっかけになったネタ『メルルーサ』は、お笑いとして作ったものではないんです。中学生ぐらいのとき、僕はフォークソングが大好きでその真似事として作曲をしていました。その中の1曲が『メルルーサ』だったんです。当時は真剣に良い曲を作ろうと思っていたはずなのに、聴き返すとなんだか滑稽だったので、ステージで歌ってみたらウケちゃったんです。他にもそのままネタにした中学生時代の曲はたくさんあります(笑)」

■波乱の芸能人生で「今はすごく幸せかもしれない」

タブレット:「『メルルーサ』や他のネタでたくさんテレビに出演させていただきました。でも、中には向いてないと思う仕事もたくさんありました。ラーメンの食レポをさせてもらったことがあるのですが、僕がちょっと不思議っぽいキャラだからって、スタッフさんが『初めてラーメン食べました』みたいなコメントを期待してくるんですよ。でも僕は、みなさんと同じように普通にラーメンを食べますから(笑)。そういう変なうそはつけないです。

売れている芸人にお灸(きゅう)をすえるみたいな企画に呼ばれたときは、『"儲(もう)かりすぎて仕方ない"みたいなキャラでやってくれ』って頼まれました。でもそのとき僕はアルバイトしてたんですよ。多少のキャラ付けは仕方ないかもしれないですけど、芸人のギャラだけで生活できない状態で、『儲かりすぎて仕方ない』はきつかったです(笑)。

しばらくして、ロケにはほとんど呼ばれなくなりました。今は主に寄席やライブに出演したり、ラジオの仕事をいただいています。ラジオは無理に細かい笑いを入れこまなくてもいいので、自分のペースで話せます。好きな昔のレコードを紹介したり、趣味が生きている感じですね。

昔、ファミレスでアルバイトをしていたことがあるのですが、とんでもなく通用しませんでした。僕ってとにかく反応が鈍いんですよ。誰かに話しかけられてもすぐに対応できないし、そのときは『僕は社会に適合できないかもしれない』と本気で感じました。でも今は、苦手なことが全て淘汰(とうた)され、自分の好きな寄席やラジオの仕事だけが残りました。そう考えると、今の状況はすごく幸せなのかもしれませんね」

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(取材・文/沢野奈津夫@HEW

◆タブレット純
1974年8月31日生まれ、神奈川県出身。2002年から2004年に自身が憧れていたマヒナスターズに在籍。その後、約10年間ソロで音楽活動を行い、2013年にお笑い芸人に転身。ムード歌謡漫談を武器に、数々のネタ番組に出演した。趣味は古いレコード集め。
座右の銘は、「まぁいっか」。

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