【インタビュー】営業だけで月収300万円!? AMEMIYAが"一発屋"を克服した秘訣(ひけつ)

2019/7/23 15:12

「冷やし中華始めました」で一世を風靡(ふうび)したお笑い芸人のAMEMIYA。テレビへの露出が減った現在も、営業を通じて高収入を維持していることが話題になった。本人によると、大ブレークを果たした当時から"一発屋"で終わらないように布石を打っていたらしい。

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GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 AMEMIYA


芸人AMEMIYAが今も高収入な訳>>

■『イエスタデイ』のような名曲誕生秘話

――2年前に出演した『じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告~』で、2016年当時の月収が260万円だったことを明かしていたAMEMIYAさん。現在の収入はどれくらいなのでしょうか?

「ありがたいことに、その後に『人生が変わる1分間の深イイ話』でも密着していただいて、営業の依頼の電話が鳴り止まなくなりました。月ごとに変動はありますが、平均してみると2016年よりもさらに収入は増えていると思います。テレビではなく営業の世界で、2度目のブレークをさせてもらいました」

――収入の内訳としては、企業のパーティーや結婚披露宴などでの営業がメインですか?

「そうですね。もう営業がAMEMIYAの本業だと思っています。あと、CMや広告の仕事もなかなか尽きないんですよ。『○○はじめました』だからどんな商品やキャンペーンにも当てはまるというか(笑)。ダンディ坂野さんの『ゲッツ!』と一緒で、要するにすごくキャッチーなんですよね」

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GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 AMEMIYA


――最初に「冷やし中華はじめました」という歌ができたとき、今のような仕事につながると予想できましたか?

「いえ、まったく予想していないです! ただ『冷やし中華はじめました』は、歌詞もメロディも信じられないくらい一気に降りてきたんですよ。初めて歌ってみたときに、あまりにも自然でスムーズだったので自分でも驚きました。その瞬間から『これはなにかのきっかけになるかも』とうっすら感じてはいましたね。

バンドをやっているときから、こんなに無理のないメロディを作れたことはありませんでしたから、それはもう衝撃が走りましたよ。少し大げさですけど、ポール・マッカートニーが『イエスタデイ』を夢の中で思いついたみたいな......。つまりAMEMIYAにとっての『イエスタデイ』ですね。この1曲だけでここまで来ていますから(笑)」

■ダウンタウンの前で披露した「捧(ささ)げる歌」が転機に

――「冷やし中華はじめました」を引っ下げてお茶の間でブレークしたのが2010年。それから現在まで、収入が断たれたことはないそうですね。

「そうなんです。テレビにたくさん出ていた2011年と12年に収入が一気に上がって、13年から少し下がって......というのはありましたけど、こう見えてすごく慎重なタイプなんです。テレビに出なくなっても自分を指名してくれるような仕事を作れないかな、ということは常々考えていました。売れている芸人さんなら誰でもいいじゃなくて、『AMEMIYAにこれをやってほしい』と言ってもらえるようなものを作ろうと」

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GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 AMEMIYA


――その結果が、企業のパーティーや結婚式での営業だったということですね。

「『HEY!HEY!HEY!』でダウンタウンさんやアーティストの方に向けて『捧(ささ)げる歌』というのをやっていたんですけど、そのころから『結婚式で歌ってくれませんか』という依頼があったんです。実際にやってみるとすごく喜んでいただけて、これはいいな、と。ブレークの余波が残っているうちに自分からマネージャーに『捧(ささ)げる歌』の企画書を渡して、企業のパーティーや披露宴での営業に特化していきました」

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GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 AMEMIYA


――アーティストの方への「捧(ささ)げる歌」は、対象の経歴を綿密に調べてユニークなエピソードやチャームポイントを紹介する歌詞が好評でした。有名人ではない一般の人を相手にどのように作詞するのでしょうか?

「自主的なリサーチに加えて、企業様用、新郎新婦様用と依頼主に合わせたアンケートを用意しています。アンケートは試行錯誤しながら現在進行系でどんどん改訂しています。曲の中でイジるためにも相手に対する愛や知識が必要ですから、努力は欠かせませんよね。

そもそも、僕なんてテレビに出続けられるようなタイプの芸人ではないんですよ(笑)。そういう訓練も受けてこなかったし、ひな壇で面白いことを言えるようなタイプでもない。でも、営業では絶対に負けないようにしなきゃいけない。もちろんテレビに出ているスターが来たほうがお客さんも喜ぶんですけど、最終的に『AMEMIYAの方が料金も安いし、盛り上げてくれたな』と思ってほしいんです」

■「"一発屋"になる危機感は常にありました」

――紆余曲折(うよきょくせつ)を経てブレークしたことも、そういった謙虚な考え方に関係していますか?

「今にして思うと、事務所をやめたり、コンビを解消してバンドをやったりしたことが自分にとってはすごく重要でした。迷惑をかけた当時の相方に感謝していますし、とにかく単純に運が良かったと思います。2010年に今の事務所に入る前は、もうお笑いはやめようと思っていましたから。だからこそ当時、先輩のハリウッドザコシショウさんに『おまえのこと面白いと思ってたから、お笑いに戻ってきてくれてうれしいよ』と言ってもらえたのはうれしかったですね」

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GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 AMEMIYA


――その2010年に一気にブレークしましたから、当時のスピード感はすごそうですね。

「正直、これはまずいなという感じでした(笑)。4月に事務所に入って、6月に『冷やし中華はじめました』のネタができて、9月に『あらびき団』で話題になって、年明けに『R-1ぐらんぷり』で準優勝して......。芸人としてのビジョンがなかったので、『優勝していろんな番組に呼ばれたらどうしよう。すべらない話なんてできないぞ』とビクビクしていました(笑)。当時から"一発屋"になる危機感は常にありましたね。

今は自分のことがわかってきたのでもう少しうまく立ち回れると思うんですけど、結局、AMEMIYAは欲張ったらダメなんですよ。欲張ったら全部スベる(笑)。やるべきことだけをやって、聞かれたことにだけ答える。これでいいんです。もちろん今も、テレビはどんな仕事でもやりたいですよ」

――テレビというと、今年『ゴッドタン』で披露した過激な下ネタソングも話題になりました。

「ありがたいことです。やっぱりテレビに出ないと絶対に忘れられてしまいますから、今後も出させていただけるように頑張ります。いつか坂上忍さんくらいの存在になれたらうれしいですね。よく『顔が似ている』と言われるので(笑)」

――あらためて、歌ネタを作り続ける苦労と楽しさを教えてください。

「歌詞を考えるのは大変ですけど、そのぶん喜んでいただけるのでやりがいはあります。僕、心から営業の仕事が好きなんですよ。人が好きだし、依頼主のために調べものをするのも好きだし、もちろん歌も大好きですし......。忙しすぎて体力的にキツいときもありますけど、求めていただけるうちが花なので、続けられる限りは続けていきたいですね」

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GYAO! トークバラエティ「ぶるぺん」出演 AMEMIYA


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◆AMEMIYA

1978年11月10日生まれ、千葉県出身。NSC東京校で同級生の西条みつとしとお笑いコンビ「ノンストップバス」を結成し、2003年に解散。その後は音楽活動を行っていたが、バンドの解散を機に2010年からピン芸人・AMEMIYAとなる。同年、歌ネタ「冷やし中華はじめました」が大ブレーク。2011年の『R-1ぐらんぷり』で準優勝を果たす。ここ数年、テレビへの露出が落ち着いた後も、営業やCMで高収入を保っていることが話題になっている。
座右の銘は、「常に最悪の事態を想定しろ」。

トレンドニュース「視線の先」 ~築く・創る・輝く~
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(取材・文/曹宇鉉@HEW